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実は制約が多い!?ダンス音楽の作曲家が「競技ダンス(社交ダンス)の音楽の作り方」をまとめてみた

突然ですが、みなさんは「社交ダンス」と聞くと何を思い浮かべますか?古くはウッチャンナンチャンのウリナリ社交ダンス部、最近だと金スマのキンタローさんでしょうか。

大丈夫です、そのイメージであっています。

私はもう長い間、競技ダンス(社交ダンス)とそれに纏わるイベントの楽曲制作の仕事をしています。今まで何曲くらい作ってきたかざっと数えたのですが、アレンジも含めてどんなに少なく見積もっても700曲はある気がする。もしかしたら1000曲超えてるかな?その他、フィギュアスケートで言う全日本選手権のような「セグエ選手権」という大会もあるのですが、その出場選手の音楽制作やショーの制作を含めたらもう数え切れないくらい、まあまあ長い間関わってきたわけです。

この競技ダンスの曲というのが結構独特で、曲を作る際にかなりの制約があります。制約があることで楽な部分もそうでない部分もあるのですが、おそらく、多くの人が「競技ダンスの音楽」といわれてもなかなかピンと来ないと思いますし、踊られる方も音楽の観点からはあまり考えたことはないかもしれませんので、これまでの経験から思うダンス音楽について詳しく書いてみることにしました。

ちなみに「競技ダンス」と「社交ダンス」の違いですが、簡単に説明すると

社交ダンス=ダンスパーティで踊るもの。社交の場でもある。いわゆる社交界のイメージで大丈夫です。

競技ダンス=社交ダンスがスポーツ化されたもの。特定のパートナーと組み、競技会があり成績も伴う。(プロとアマチュア、その他各種団体にも細かく分かれていますがここではその説明はすっ飛ばします)

私はこのうち競技ダンス界に関わってきたため、以降は表記を「競技ダンス」に統一します。

では、長くなりますがお付き合いください。


■競技ダンスの種目とは?

10種目あります。

うち

ラテン:Samba/Chacha/Rumba/Jive/Paso doble

スタンダード(モダン):Waltz/Tango/Slowfoxtrot/Quickstep/ViennesWaltz

と5種目ずつ分かれており、通常はラテンかスタンダードのどちらかを選択するのですが、途中で転向する選手もいたり、「10ダンス(テンダンス)」といって10種目全てを競うものもあります。

(ちなみに、競技ダンスの種目には入っていないのですが、ショーやパーティなどではマンボやジルバ、サルサを踊ることもあり、それらの曲を制作したこともありました)


競技ダンスの音楽の特徴=小節数・テンポ・フレーズ感まで決まりがあること

ここからが本題です。これからお話しすることは、あくまでも「ダンス音楽」の話であり、「基本は」というのがベースで、ダンスのルーティンやステップ、カウントに関するお話ではありません。あくまでも「ダンスの初心者が踊るための曲の基本」です。そのため、プロの選手やショーで踊る場合はこの限りではないことを先にご了承ください>識者の皆様

さて。競技ダンス用のCDの裏表紙を見たことがある方はいますでしょうか。...なかなかいないと思いますので最初にお見せしますね。

これは私が所属しているダンス音楽制作会社よりもう10年以上前に発売されたアレンジもののアルバムの一部なのですが(編曲者には私の名前もあるのですが、ダンス音楽制作用の名前なのでモザイクをかけましたw)

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どうですか?他にはない独特さがあります。記載項目に多少違いはありますが、「種目・時間・BPM(=tempoではないです。後ほど説明します)」は必須項目で、これを元に曲を選ぶダンサーも多いです。なぜ時間が重要か。競技会やパーティにより時間制限もあるからです。そしてこの時間は小節数とBPMの関係で成り立っており、ダンスの動きに密接に関わるため、この規定から外れることができないのです。


1)BPM

BPMは、普通はBeat Per Minute(1分間の拍数)、つまりtempoの事を表すと思うのですが、競技ダンスで使われるBPMは「Bars Per Minute=1分間の小節数」を指すのです。

たとえばWaltz (ViennesWaltzと区別してSlowWaltzと表記する場合もある)の欄に「BPM28」とありますが、ワルツは3拍子なので、tempoを3で割った数値がダンス界でのBPMにあたります。つまり実際のtempoは四分音符=84。

chachaは4拍子なので、BPM「31」と書かれていたら実際のtempoは124です。ちなみにsambaは2拍子で数えるので、BPM「50」であればtempo100になります。

で、このBPMが種目ごとに決まっています。たとえばSlowWaltzの標準は大体BPM28~30。tempoにすると84~90の間で曲を作ればOKで、これを大幅に外れると踊ることが難しくなります。さらに選手のフィーリングや体の動き、また曲想とも大きく関わってくるので、細かなtempo変更依頼はよく発生します。

また、特に初心者向けだと最後にritをかけるのも難しく、in tempoのまま終わらせるようにすることが多いです。tempoが変わるとカウントが取りづらくなるためです。(とはいえワルツやルンバは曲の収束のため気持ちだけritをかけることもありますが…。)


2)小節数

全種目基本4小節のイントロ+本編の作りになります。

・Chacha/Rumba/Waltz/Tango/Slowfoxtrot

最初の4種目の曲想はなんとなくイメージできるでしょうか。Slowfoxtrot(略表記SF)は基準tempo=108位の遅めのムーディなジャズが多いです。ゆったりとした2ビート感があればよいので、バラードや、クラシカルなストリングス、ピアノ曲で踊る場合もあります。

これらはイントロ4小節+本編64小節(8小節×8回)で終了。C/R/T/SF=4/4拍子、W=3/4拍子での計算です。(Tangoは本来2/2もしくは2/4拍子の音楽ですが、競技ダンスでは通常4/4拍子で計算・表記されていますね)

そしてトータルで64小節になれば良いわけでもなく、8小節で1単位のフレーズで8回にしなくてはなりません。ダンスのカウントとステップが8小節単位で決まっているため、初心者の方はそこから外れると踊れなくなってしまう場合があるのです。たとえばRumbaで終わりに緩やかに4小節だけアウトロをつけたい!と思っても、踊る人の事を考えるとやめた方が良いでしょう。


・Samba

イントロ4小節+96小節(8小節×12)です。長い!?と思われるかもしれませんが、間違えやすいのが、これは2拍子の計算なのです。なぜならサンバは2拍子の音楽だから。つまりDTM上で4/4拍子で作るなら2小節+48小節ということになります。

...私は遥か昔、一番最初にsambaを作ったときに間違えました。4/4拍子で96小節のめちゃくちゃ長い曲を作って泣く泣く削りました。なんだか異様に長いなぁと思ってたんだよ。作る前に確認しましょうね。


・Quickstep/ViennesWaltz

Quickstepはtempo200程度の軽快なビッグバンド系ジャズのイメージで良いかと。ViennesWaltzはその名の通り、いわゆるウインナーワルツです。

こちらはそれぞれQ=4/4拍子、VW=3/4拍子で数えて4+96小節(8小節×12)。小節数が多いので作る部分は増えるわりにtempoが速いので時間に換算すると長くはないです。


・Jive

ジャイブはちょっと独特で、ブルース進行がベースです。ブルース進行は12小節が1フレーズ。それがそのままあてはまります。なんとJiveの基本ステップは、6カウントなのです。(厳密にいえば6と8の複合みたいな感じなのですが)

そのため、イントロ4小節+本編は12小節×8回の96小節が基本になります。とはいえ世の中ブルース進行の曲ばかりではないので、普通の8小節単位のジャズやスイング調の曲で踊る場合も多いんですが、その場合ダンスのステップと曲のフレーズが公倍数ごとに辻褄が合う感じになります。・・・伝わるだろうか。

tempoは160くらいが基準ですが、プロの選手だとtempo100位のSlowJiveで踊って魅せてくれたりします。以前、100くらいからどんどんテンポアップして最後180くらいの激しいJiveを踊ってフィニッシュ!という華麗な技を魅せてくれた選手がいたことを思い出しました。


・Paso doble

ラテンダンスのうち男性が主役となる種目。(男性が闘牛士で女性がケープの役割)「エスパニア・カーニ」という超有名曲があり、特に競技会では8~9割方この曲が使われているんじゃないでしょうか。多分聴けば分かります。エスパニアは3章に分かれているのですが(各章の終りのキメは第1ハイライト、第2ハイライト、と呼ばれます)小節数も基本エスパニアがベースで、1小節でもそれと異なるとキメが全部ずれます。


・・・いかがでしょうか。初心者の方ほど、この小節数やBPMから外れると踊れなくなることが多くなります(というのを何度も見てきました。)そのためたとえば「サビ前にあと1小節足して盛り上げたい~!サビ前にブリッジを入れたい~!」という衝動に駆られても、8小節単位に収めます。逆にプロのデモンストレーション用であれば、ほとんどの場合音楽を優先します。

さらに難しいのは、ダンスステップのカウントを小節数と捉えて指定してくるダンサーさんもいることでしょうか。説明が難しいのですが、小節数として指定されたはずが実は小節数ではなかった、ということはまあまああります。恐らく小節ではなくカウントで数えたのだろう、と予測できた時は今のところ100%当たっています。これはもう経験と慣れですね。

あとは…仮にイントロが4小節ではない場合はどうなるのか。世の中イントロがきっちり4小節の曲なんて逆に少ない気がします。ショーや教室のパーティの出演のためにその曲で何度も練習するのであればイントロが8小節でもイントロなしでもほぼ大丈夫なのですが(それでも4小節の方が踊りやすいようですが)、競技会ではその曲をその場で初めて聴いて即踊らなくてはいけないため、もしイントロが8小節あった場合、イントロ途中の5小節目から踊り始める選手が多くなる感じになります。それで減点などにはなりませんが、通常8小節1単位のカウントなので、曲終わりまでフレーズの途中でステップが切り替わる現象が続くことになり、見ているほうにも違和感は出てしまいます。選手に気持ちよく踊らせてあげたいですし、どんな場面でも誰でも踊れる曲という想定であればデフォルト通りのイントロ4小節で作ってあげてるほうが親切、という感じでしょうか。


3)フレーズ感

「初心者がカウントがとれるように」という視点より、各楽器、特にBassのフレーズ感に制限を加えることがあります。制限という言い方はちょっと語弊があるかな?たとえばWaltzの場合、シンコペーションや、裏拍に8分音符のフレーズを入れるとカウントが取れなくなるという現象が時々起きたりします。(もしかしたら、踊られている方はなぜそこでカウントが取れなくなるのか分からないかも)

そのため、これもやはり”初心者向け"という想定で作る場合は、ダンスのカウントを邪魔しないよう、BassとDrumsを中心にフレーズ感にかなり神経を注ぎます。たとえばWaltzのBassは2拍目で動かさないようにするとか。Rumbaも2拍目のBassは動かしません。どちらも小節頭を2分音符のフレーズにする。ステップで考えた時、曲の2拍目に当たる部分に動きがないからなのです。とはいえ、1拍ごとにコードを変えたい場合もありますが、 やはり踊るのが難しいということでメロとコード進行ごと変えて2拍目で絶対動きが出ないような曲を作ったことがあります。メロに関しても、Sambaは途中で必ず2拍3連のフレーズを入れてあげる(と、とある動きが映えます)とか、結構細かく色々技があります。

あとは競技ダンス音楽制作の何が大変かって、仕組みを理解した上で全種目のジャンルの曲を作ることでしょうか。特にラテン音楽だとそのルーツの知識も必要です。もちろんダンスのルーツも。また演奏スタイルやアレンジも様々なので、例えば「Tangoの曲」と言っても、それがアルゼンチンなのかコンチネンタルなのかピアソラ風なのか、はたまた「ラストタンゴ・イン・パリ」のようなお洒落なヨーロピアン風なのか。編成もバンドネオン+ピアノのシンプルなものなのか、それともアルフレッド・ハウゼ楽団のようなオーケストレーションが必要なものが欲しいのか…とこれが全種目に渡ってあるので、流石にジャンルによって若干の得意不得意はありますw(1番得意なのはワルツなんですが、なぜかタンゴをよく依頼される)

最後に、プロの選手はこれらの制約に限りません。過去には日本海外問わずトップクラスの選手と何度もお仕事させていただきましたが、通常よりも大幅に速い(あるいは遅い)BPMの曲や、倍速でステップを踏んだり、ダンスのカウント<曲のフレーズ重視でかっこいい素敵なダンスを見せたりしてくれるのが魅力なんですよね。

2010年頃、当時の全英スタンダードチャンプからの依頼で曲を作ったことがあります。依頼内容は「パーカッションのみでTangoを踊りたい」これだけ。この下にある動画がこのペアのために作ったオリジナルです。ピアノだけは入れさせて貰いましたがw、あくまでもパーカッションの位置付けで極力メロや和声的な要素を省きました。

動画は上が日本会場で下がバンコク会場かな?コメントでいくつか音楽について書いてくださっている方がいてありがたいです。バンコクのほうが音は綺麗に録れてるんですが、なぜか一箇所音飛びしてるんですよね...何があったのでしょうかw

本場のアルゼンチンタンゴとは異なるもので、ダンスショーで魅せるための音楽です。特にタイトルは付けませんでしたが、Luca’s Tangoという愛称で呼ばれていた気がします。その頃日本でもいくつかのパーティのデモンストレーションで踊られていたはずなので、もしかしたら見たことがある方もいるかもしれません。



■制約のある音楽作り

音楽の仕事って、他にもいろんな制約があるとは思うのですが、こういう形の制約があるジャンルって他にあるのだろうか..?勿論知らないジャンルの仕事のほうが多いですけども。一時期、ゲームアプリBGMの制作を請け負っていたことがあり、その際も時間やイメージの指定は厳しかったですが、小節やtempo、ましてやフレーズの制限はなかったし...やったことないしいつかやってみたい劇伴の世界にはあるのだろうか?

ダンス音楽に関しては、冒頭にも書いた通り型が決まっているので、ダンスの動き・ステップが分かってしまえば実は制作はかなりラクなのです。

ラクというのは手抜きと言う意味ではなく、音楽に限らず何かをクリエイトするときに"条件が多い"というのは逆に作りやすく、腕の見せ所にもなります。

ダンス音楽の場合、上記の制約の中で、選手の動きが綺麗に見えるようなフレーズを考えるのが楽しいのです。また個別依頼の場合、その選手特有のクセやカウントのとり方が見えてくるので、それに併せてキメがアピールできるようなフレーズを作るのも非常に楽しいです。

競技ダンスのことも音楽のことも分かった上で競技ダンス用の楽曲制作ができる人はそうそういないのではないか…と自負しております。

競技ダンスを踊られている方からのお仕事の依頼もお待ちしております!

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