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いつか風に変わった記憶

今年も、ようやく秋の風が吹きはじめました。
音がなくなったように乾いた空気のなか吹く、つめたい風のことがわたしはとても好きです。

放課後、一人のライブハウス。
コーヒーとドーナツ、何も知らない映画のチケットを取ったミニシアター。
学校帰りの川沿いを歩けば、当時の友人たちがいまも歩いているような気がする。

それぞれの季節に、それぞれの記憶がありますが、秋の香りがするとその多くの記憶を思い出します。
わたしがいつか死んでしまったとして、記憶をいくつかなくしたとしても、この香りを感じれば思い出せるのではないかと思うくらいに。

いつか風に変わった記憶。
わたしは変わったようでなにも変わっていないような気がして、どこか寂しくなるこの季節のこと。
わたしはこの秋に、もうすぐまたひとつ年をとります。

人は案外かんたんに消えてしまうものだから、そのひとつずつをトラベラーズノートに書き記すように歩く。
大したことのない日々が、少しだけ何かをしたような気持ちになって、振り返ってページを捲れば足跡が分かる。
いつになったって不安はなくならないけれど、今ここになくなった不安のことも知っていて、ノートには赤く記したチェックマークが残る。

この秋を越えて、わたしはどこにいくのだろう。
仕事からの帰り道、どこかの家から魚を焼く匂いがする。きっと誰かが同じように秋を感じるために、スーパーでおいしそうなお魚を選んで焼いているのだろう。

この世界との別れ際に連れて行く記憶は、きっとそういう記憶たちでいいのだと思います。悲しい記憶たちはいつか色褪せて、あたらしい花が咲くための土となるように。

わたしたちはこの世界で生き延びて、発光する記憶の欠片を拾い集めていく。そうすればきっと、やわらかく灯る光のなかあの海へと還っていく。

眠れない夜に読んだ古い本。
窓の外には朝焼けに白む街。
CDプレイヤーと3000円のイヤホン。

あの日のわたしはまだあの部屋でうずくまっていて、いまのわたしはその部屋の扉を開けるために光を集めている。
朝が来たよ。朝だからと言って必ずしも希望ではなくて、朝が来ることなんて特に望んではいないけれど、君のためのやさしい朝が来たんだよ。

この記憶がいつか秋の風となってあなたの頬を撫でたら、わたしはそれをとても眩しく思います。この世界に置いていくものはただそれだけでいい。

あたらしい朝がきたよ。
あなたのための朝のひかりだ。
つらいことなんてもうここにはないよ。
だいじょうぶ。めいっぱい空気を吸いこんで。
空を眺めたらそこにわたしがいて、あなたがいる。

いつか秋の風に変わった記憶。
金木犀の花が咲く頃に、きっと会いましょう。
わたしを救ってくれた光を連れて。

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