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10月のおわりに

こんばんは、ねこです。

ついこの間「10月のはじまりに」というエッセイを書いたような気がするのですが、あっという間に10月もおわりですね。もう秋というより冬みたいな夜が続いています。

ストーブと加湿器がはやくも仕事をはじめ、薄手の毛布も、ヒートテックも、「今年は早くないですか、まだ寝ていたいのに…」と言いながら、のそのそと起き上がってきています。まるでコタツから出られないみたいに。

街に出れば、ダウンジャケットを着ている人もいればコートを着てマフラーを着けている人もいるし、長袖一枚で歩いている人もいるし、わたしの服はおかしくないかな…?なにが正解…?と思いながら、ジャケットにマフラーをしたりしていい落とし所を探しています。それでも、いつも結局夜はさむいさむいと言っているので、むずかしいですね…。

みなさんも、お身体に合った服を着ながら、あったかくしてお過ごし下さいね。

先週、わたしの誕生日がありました。

海さんのパートナーさんとわたしはきっと誕生日が近くて、今回は同じテーマのエッセイとなります。

海さんの手向ける愛はいつだって心強くやさしくて、その一端に触れた時、海面に映る光を見たような気持ちになるんです。その美しさをどうか、読んで感じてくださったら嬉しいです。こちらから、ぜひ。


「また今年も、誕生日を迎えることができたな」

そんなことを思っていました。当たり前なことですが。生きることに諦めを持った日を思えば、それは意外とすごいことだったりするのです。

誰だって当たり前に、当たり前のような顔をして、雑踏の中街を歩くようにひそやかに、一歩ずつ日々を進んでいて、それは一見すれば変わらない日常でただ流れていく時間で。

ただ、昨日は咲いていなかった花が咲いているように、同じ日など一つもなくて、風の強い日も雨の降る日もありながら花をつけているのです。きっと。

パートナーから誕生日プレゼントに、ブレスレットをもらいました。やわらかな思い出を含んできらきらと光を放っているそれは、まるでお守りみたいにわたしを照らす、暗闇に差すちいさな光。

そんな風に感じるのも、きっと相手からの想いが込められているからでしょう、そうわたしは信じています。そんな確信をひとつ連れて、また先の見えない道を少しずつ照らしながら歩いていこうと思います。

振り返れば、この一年はやさしい人たちとたくさん出会えて、ここでエッセイを書き始めたのもその歳で、まさに陽だまりのような居場所がたくさんできた1年でした。

またあたらしい日々も、そんな風に穏やかに生きることができたらと思います。まだ見たい景色はたくさんありますから。光の方へとすこしずつ。

10月のおわりに、このエッセイを読んでくださってありがとうございました。わたしの好きな10月が、今年も足早に終わります。

また11月に会いましょう。変わらない日々のなか、あたらしい服を着て、あたらしい顔をして、あたらしい日々の先で会いましょう。

そこで変わらないあなたに出会えることを、わたしは楽しみにしています。

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