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夢と思い出と花束

時々むかしの感情を思い出す。

花火大会にはしゃいで、
おばあちゃんと手を繋いで歩いた時のこと。

花火大会なんて滅多に行かないから
それはそれは楽しみで、
いつも歩いてるはずの道なのに異世界みたいに
感じられた。わたし今生きてる?って
体がふわふわした。

ああやって、初めてのことや新鮮なことに
わくわくした感情はいつの間にか溶けてしまう

「あたりまえ」になっていく

日々は過ぎ去ってなんでも興味を持つわけではなくなんとなく生きて、たまに楽しい。

いちにちいちにちに特別を感じなくなっていく

小学生のとき、宿題に追われながら
蝉を追いかけたあの日

なにもしたくなくてぼーっとしていたあの日

毎年夏にやる怖いテレビを楽しみに待っていたあの日

懐かしい、思い出してしまった。

よりによって夢で見てしまったから
それはそれは鮮明で。

もう眩しくはないな

特別だった夜更かし。
今では当たり前なの

わくわくしてドキドキして今日何しよう!
って感じじゃない。

もう何日もやってるから
今日はあれしよう。あれ飲もう。
何時には寝ようって。

だけどやっぱり特別は感じていて
好きな曲を流しては頬を緩めている

月を眺めて幸せで、コンビニに行こうかななんて

それでもやっぱり幸せで。

炭酸みたいにパチパチ弾ける日々は
もう過ごしてないけど

ブラックコーヒーみたいに苦くて
酸っぱくて、苦手な人もいるけど
わたしにとってはとびっきり美味しくて、
そんな日々にときどきミルクを入れたりして
そうやって過ごしてる。

失ったんじゃない?って言う人もいるかも

どうなんだろう、わたしにも分からない

ねえ、
花束みたいな恋をしたっていう映画
あったでしょ?

あれって、今はドライフラワーになってしまったけど綺麗な花束だったことは忘れない、とか

花束みたいな恋だったけどいつか終わりが来るよ
とか

そういう意味だって聞いた、

だけどわたし思うの、ドライフラワーが好きな人だっているんじゃない?って

ドキドキしてふわふわして、わくわくして
いい香りがしてってそういうのじゃなくて

会話はあんまりないけど、心の奥底では
分かってて、一緒にいてすごく安心して
一見枯れたようには見えるけど
それが美しいことは2人だけがわかってるって。
そんなかんじ。

花束がきれいなことが共通認識だって
感じがして嫌だったなあ、
みんながみんなそう思ってるわけじゃない、
ドライフラワーが好きな人もいるの。

だからね失ったんじゃないと思うんだ
わたしは毎日きらきらじゃなくて
安定の日常が幸せ。
どう感じるかも人それぞれだよねって。

ひと組ずつ、いろんな愛の形があるから
だから余計なお世話だって考えてた。

これこそが余計なお世話だったり笑

うん、いろんな意見があるってわかってる。
一個人の意見だから、へいへいほーって
聞いてほしいです笑

寝起きだからいろいろと脱線してるかもしれないけど、いましか書けないと思ったので。

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