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第二食目/気を遣わない気の遣い方とめんつゆ焼そば【週末限定 ねこねこ食堂】

気を遣わない客。

 「良かった、誰も来ないみたいだ。」安堵から思わず言葉が口から溢れた。
 秋の終わりの夕方の5時頃、窓から射し込む赤い陽射しがいい感じに一日が終わりそうな予感をさせてくれる。
 流石に常連さんでも暖簾を出してもいない、店内も薄暗い食堂の様子を見たら多少は察してくれるのだろうなと一人頷きつつ、この店の主人へのほんのりとした罪悪感もあるものの、これからもこの調子でやっていこうと心に決めた。

『ガラガラガラッ』

 心に決めた瞬間に勢いよく音を立てて開く食堂の扉。それと共に「なんだ!開いてるんじゃないの!暖簾出てないしさ、なんか薄暗いから開いてないのかと思ったよ!電気くらい付けときなよ!」と、やたら元気に一人の中年男性が店内に入ってきて、いつもの場所にドッカと腰をおろす。気を遣わない常連さんランキングがあれば、第一位ではないかと思われる。
 「…イラッシャイマセー」蚊の鳴くような声と虚ろな目、貼り付いたような笑顔で接客応対する。ここに店主がいたら叱られること間違いなしだ。とりあえずいやいやながら客席側の照明も付けつつ、念のために伝票を手に取り重たい足取りで席に向かった。

 「うーん…なぁんか腹が減っちまってよぅ。何かある?あと、ビール!」
 ビールはとりあえず小瓶に入ったやつが冷蔵庫に冷やしてあるので、それとグラスと栓抜きをお盆に乗せて持っていく。「何かある?」ていうのは、とりあえず諸事情を知らされているのでいつも通りのメニューはできない事を察してくれての事だろう。
 とりあえず今朝冷蔵庫の中身やらを確認した感じで作れそうなものは「焼そば」だろうか。
 「焼そば…ならできそうですけど…。それで大丈夫ですか?」
 「ねこちゃんが作るもんなら何でもいいよ!ウマイやつ、頼むよ!」
 手伝いしかしていなかったし、ウマイかどうかは保証できないが、嫌な気分はしないので「少々お待ちください」と、いつもの台詞を返しつつ、そのまま厨房へ向かった。

きのことベーコンのめんつゆ焼そば

 先ずは中華そばを油を引いて熱したフライパンで両面に焦げ目を付けるようにして焼いていく。この時のチリチリパチパチと麺が焼けていく音がたまらない。焦らずじっくり焼いてお焦げを作ることが大切だ。
 続いて冷凍ストックされていたミックスきのこをバキンッと必要な分だけ割って取り出しフライパンに入れる。そのまま蓋をして蒸し焼きにしてミックスきのこを解凍する。
 ミックスきのこが解凍されたら、ベーコンをキッチンバサミでジョキジョキと切りながら加えていく。まな板を出したくない時にはキッチンバサミがとても役に立つ。
 軽く炒め合わせたらバターを落として、鍋肌に沿わせるようにめんつゆという名の万能調味料を回しかける。ジュワワッという賑やかな音と共に芳ばしい水蒸気が立ち上る。バターの香りも加わって、なんとも胃袋が刺激される。
 全体に味が回るようにかき混ぜたら、コショウを振ってアクセントを付ける。これでグッと味が締まる…気がする。
 器に盛って、仕上げに彩り要員の小ネギをパラリ。

 「お待たせ致しましたぁ!」と、今度こそ元気な声で男性客の待つ席へ向かい料理をテーブルに乗せる。

 「おお!いい匂いがするねぇ!麺の焦げ目もうまそうだ!焼そばって言ってたけど…へぇ、こういうのもいいねぇ!いただきます!」と、早口で一気に喋り切ると箸立てから割り箸を急いで引っ張り出して流れるように口元に麺を持っていき、一旦焼そばの香りを堪能してから大きく口を開けて頬張った。
 自信満々に出したものの、どうだろうかとチラチラ横目で様子を確認する。
 男性客はハフハフと一心不乱に焼そばを頬張り、あっという間に食べ終わると、グラスに残っていたビールをグッと飲み干し、カーッ!と声を上げた。
 感想を聞くまでもない感じはしたが「うまかったよ!ごちそうさま!」 と言われるとホッとした。
 会計はビールの分だけを頂こうと思っていたのだが、男性客から「それはいけねぇよ。」と注意され、材料費やらを考慮して幾らか頂いた。
 そして帰り際に「ねこちゃんも普段は仕事があるわけだし、ここを開けるにしても週末…日曜日に開けるか開けないかだろ?客が来てコレ食いてぇなんて言われても対応できねぇだろうし…毎週一品決まったヤツを出したらどうだい?ここの食堂、週替わり定食あったろ?」と言われてなるほどそういうやり方もあるのかと納得した。
 週替わり定食で出せる予算で買い出しして、一品の提供なら下準備しておけばどうにかなるかもしれない。材料が余ったら自分で買い取って平日の食事に回そう。そんなことを考えながらうんうんと、頷いていると男性客は安堵した様子で「あまり重く考えないで、周りに頼ったらいい。ここいらの人間はここの主人に世話になってるし、皆助けてくれる。様子を見に来て良かったよ!」じゃあな!と言いつつ男性客は軽快な足取りで店を後にした。

 気を遣わない客ナンバーワンと思っていて申し訳ないなと、その背中を見送った。気を遣わない「風」の気の遣い方ができる人だったんだなぁ。
 夜風が段々冷たくなってきたが、それとは裏腹に心は何だか暖かくなる、そんな一日だった。

 ぶっちゃけ、まだ心配でしかないが、なんとかここの食堂もやって行けるかもしれないと思いつつ今日はもう閉店しよう…と準備を始めた。


【ねこねこねこねーこ】
平日は社畜として働きヘロヘロになっている「ねこねこ」が週末だけオープンさせる「ねこねこ食堂」。オシャレだったり凝っているお料理は無いけれど、地味においしいお料理でほっと一息ついていただける場所になればと思っております。


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