『JUNK HEAD』感想 高いポテンシャルを持った映像と世界観

ファンタジア国際映画祭 最優秀長編アニメーション賞を始めとして世界中で大絶賛されているストップモーションアニメ映画『JUNK HEAD』がついに近所の映画館でも公開され始めたので鑑賞してきた。監督は堀貴秀。本作は堀監督が脚本、アニメーター、デザイン、人形原型など、そのほとんどを1人で担当し、7年の歳月をかけて制作したという、なかなか世界でも類を見ない体制で制作されたということで今話題の1本である。

【あらすじ】舞台は人類によって創造された人工生命体マリガンが地下深くに住み着いた世界。人類は遺伝子操作の果てに失った生殖能力を取り戻すべく、地下に生息するマリガンの調査計画を立案する。地下調査員に採用された元ダンス講師のパートンは地下世界への輸送中にマリガンたちの攻撃を受け、頭部以外の体の全てを失ってしまう。パートンの頭部を拾ったマリガンたちはパートンに新しいボディーを与えるが、パートンは全ての記憶を失っていた。


本作の特色は何をおいても、全編ストップモーションアニメとして制作されている点なのだが、その映像はストップモーションアニメだからという贔屓目をとっぱらっても、細部まで非常に作り込まれた見ごたえのあるものになっている。舞台となる地下世界は、工場や廃墟などをイメージさせる、巨大感がしっかりと表現されたフェティッシュな造形がされており、良い意味でストップモーションアニメであることを忘れる映像になっている。また、映像面でもう一つ注目すべき点は、作中に登場する数々のクリーチャーで、嫌なみずみずしさのある生物的なフォルムと、ラテックス製の人形を使っているからこそのゴムっぽい質感がマッチした独特な造形になっており、生物感と作り物感が足し合わされた不気味な雰囲気が作品にピリッとした緊張感を与えている。また、このゴムっぽいキャラクター達で構成された映像の端々に、本当の水を使っているであろう血しぶきなどの表現が織り交ぜられており、こういった点で、他のストップモーションアニメとは一線を画す印象も醸し出している。

また、映像表現の素晴らしさのみならず、人食いの化け物が闊歩しているシビアな世界観に、割とベタな天丼ギャグやダークな因果応報展開などのオフビートな笑いが織り込まれた、本作独特な空気感が確立されている。本作は、人類が遺伝子操作の果てに有機物の体をほとんど捨てていたり、地下生命体マリガンが複雑に枝分かれをした進化を遂げていたりと、非常に特異で難解な世界設定を持っているものの、これらの設定がこちらから歩み寄るようにして観なくとも自然に頭に入ってくるつくりになっている。この点に関しては、ストーリーテリングが非常に優秀であると言えよう。また、主人公のパートンの哀れ可愛いキャラクターを始めとして、どの登場人物も少し毒があるが可愛げのあるキャラクターをしていて、かなりの数のキャラクターが登場するにも関わらず、その全員がしっかりとキャラ立ちしているのも面白い。

一方で、作劇は中盤までストーリーのテンポが全体的に遅く、少し退屈に感じる部分も。突出して無駄なパートがあるというわけではないが、冗長に感じる部分が多々あるので、テンポアップして同じ内容で80分くらいに収めてくれる方が個人的には好みだなという印象。ストーリーライン的にも、30分程のストーリーを3話分そのままくっつけて一本の映画にしたような作りなので、映画全体で一本の筋が通っていないように感じる。また、3部作の第1章と銘打っているようにストーリーとしては序章といった感じなので、カタルシスを感じる前に話が終わってしまう点が若干消化不良に感じる。

また、本作の特徴の一つとして、登場人物全員が架空の言語で話すため、台詞が全て字幕で表示されている点が挙げられる。ところが、この台詞の情報量が非常に多く、また、登場人物のほとんどが顔のパーツが極端に少なく、表情から読み取れる情報が少ないため、かなり字幕を集中して追わなければならず、これがかなり疲れる。感覚的にはTVゲームのムービーを見ている感覚が一番近いだろうか。台詞の情報量がこれだけ多いならば、素直にキャラクターの言葉は吹き替えにしてくれた方が観やすいし、作品冒頭で世界設定をかなりの量の字幕で説明してしまうのも、あまり好みではない。

とはいえ、このように不満点をあげたものの、これも込みで本作の味になっていることは確かで、これらの部分が丁寧にブラッシュアップされ、"お利口さん"な作品になったときに、本作を本作たらしめる狂気にも似た空気感が維持されるかと言われると非常に怪しいため、この作品はこういう映画なのだと受け入れるべきなのだろう。

本作は、パンフレットがページ数も多く内容がとても充実している。作品の世界設定について詳細に記載されているので、これだけでも読み応えがあり、パンフレットで補足情報を仕入れることによって、より深く作品を理解できるようになっている。作品の設定を作品外で説明するというスタンスは個人的にはあまり好きではないものの、難解で説明がそれほど親切ではない作品について、考察本で設定を補っていく楽しみというのもあるのは確かで、そういったオタク心を満たすという意味ではとても優れた作品であると言える。また、本作はストップモーション長編アニメであるというところに一番の価値があり、そういう意味では制作過程が著しく綿密に記載されているという点で、資料本としても本作のパンフレットは非常に優秀だ。とにかく、本作については、とりあえず筋は置いておいて、映像と世界観に酔ったうえで、鑑賞後にパンフレットを買って読んでさらに世界観に浸るというのが、最も楽しい鑑賞法と思われる。

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