『BLUE/ブルー』感想 叶わぬ夢に魅入られた者たちの苦悩と情熱

今週は『BLUE/ブルー』を鑑賞。公開からだいぶ経ってしまい、そろそろ上映が終わってしまいそうだったが、なんとか滑り込みで鑑賞できた。監督は「ヒメアノ~ル」「犬猿」の吉田恵輔。出演は松山ケンイチ、木村文乃、柄本時生、東出昌大ほか。

【あらすじ】ボクサーの瓜田は練習熱心でボクシング一筋だが、才能がなく試合で負けが続いている。一方、瓜田の後輩である小川は類まれな才能に恵まれ、日本チャンピオンを目前にしていた。ある日、職場の同僚の女性にアピールするためにボクシングができる風になりたいと不純な動機でやってきたフリーターの楢崎が、瓜田の所属するボクシングジムに入会してくる。ボクシングを通して、瓜田、小川、楢崎、そして、瓜田の幼馴染で小川の婚約者の千佳の4人の人生が少しずつ動き出していく。


本作を語る上でまず言及したいのが、主演 松山ケンイチの素晴らしさだ。松山演じる瓜田は、毎日ジムに最後まで残るほどの練習熱心で、対戦相手への研究にも余念がない。自身の試合後には後続の試合に出る仲間たちに熱心に声援を送り、後輩たちの練習にも快く手を貸し、丹念に指導を行う。病院へ行くことを嫌がる後輩の小川への説得を、幼馴染で小川の婚約者の千佳から頼まれれば、嫌がりながらもやんわりと伝える。また、生意気な後輩やボクササイズを受講するおばちゃんたちから辛辣な言葉を浴びせられても笑って受け流す。このように「超」がつくほどいいやつな瓜田であるが、怒りも苛立ちも悔しさもグッと噛み潰し、腹に収めて、努めて穏やかに振る舞おうと心がけていることが、松山のさりげない表情の変化や所作から観客にだけはありありと伝わってくる。松山の演技によって、超いいやつの瓜田が聖人ではなく生身の人間として、実在感を持って観る者の目に映る。そして、小川の良い先輩、そして、千佳の良い友人であろうとする瓜田がふとした瞬間に、自分と小川とのあまりにも大きな才能の差に、さらには、絶望的な自分の才能の無さに人知れず打ちのめされる姿に胸が締め付けられる。

また、メインキャストの東出昌大と柄本時生もまた、それぞれが実に素晴らしい。東出の鍛え上げられた肉体は、日本チャンピオンへと駆け上がっていく小川というキャラクターに有無を言わさぬ説得力を与えている。また、パンチドランカーとなり、徐々に平衡感覚や認知機能が失われ、呂律が回らなくなっていく様に非常にリアリティがあり、取り返しのつかない状態に陥っていく不安感をこれでもかと煽っていく。また、チャラチャラして軟弱だった楢崎が、徐々にボクシングの面白さに魅入られていく様を、柄本時生が実在感を持って演じており、とても説得力のあるキャラクターになっている。

これら3人に対して、木村文乃演じる千佳は、瓜田の初恋の相手と小川を献身的に支える婚約者、という2つの役割を兼ねた類型的なキャラクターになっていて、ステレオタイプの枠から抜け出せていない印象。木村文乃の熱演は非常に魅力的だっただけに、この点は若干残念だった。また、楢崎が働くゲームセンターを舞台にしたシーンだけ、作品の全体のトーンと比べて微妙に軽いのも少し気になったところだ。

本作では当然ボクシングの試合の描写が多く挿入されるが、それと同じくらいかそれ以上の分量でジムにおけるスパーリング(実戦形式の練習)の描写が多いのが印象的だった。ボクシング映画というとロッキーシリーズくらいしか観たことがないため、他のボクシング映画と比較してどうなのかは判断できないものの、試合のシーンはカット割りやカメラワークのテンポがよく見ごたえがある。また、スパーリングや練習が丹念に描かれるので、選手たち、その中でも特に楢崎が、練習でどんな戦術や作戦を用意し、試合にぶつけてきているのかが素人でもよく理解でき、ラストの試合は実際の試合さながらに手に汗を握る展開になっている。また、スパーリング描写を通して、楢崎が確実に上達していっていることが効果的に示されているのも上手いところだ。

這い上がれなかった側のロッキーとも言うべき本作であるが、それゆえに観る者の心を掴む作品だ。プロ棋士の羽生善治氏の有名な言葉で「何かに挑戦したら確実に報われるのであれば、誰でも必ず挑戦するだろう。報われないかもしれないところで、同じ情熱、気力、モチベーションをもって継続しているのは非常に大変なことであり、私は、それこそが才能だと思っている。」というものがあるが、本作はまさにこの報われなくても継続する者たちの物語である。才能がなくとも、将来が潰えたとしても、むしろ報われないからこそ、逆風の中でそれでも心のなかに情熱の火を絶やさず燃やし続けている主人公たちの姿に、魅せられ熱くなる。鑑賞後、ふと、今も、そしてこれからも、ボクシングに魅入られた人生を歩んでいくのであろう瓜田と小川が、今何をして生きているのだろうかと思いを馳せてしまう。

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