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ロックフェスと人間との関わり

皆様おはようございます。こんにちは。こんばんは。2020年5本目の投稿。調子がいい。

筆者は2009年頃から各地のロックフェスへ足を運んでいる。フェス初参戦はCOUNTDOWN JAPAN09/10の時であった(年月経つのは早いものだ)。それを皮切りに2011年からROCK IN JAPAN、2013年からMETROCK、Sweet Lave Showerと、関東方面のフェスには数々足を運んでいる。

予備考察だが、ロックフェスと人間の関わり(こういうのはいわゆる社会学という学問分野なのだが、白痴な上、その手法は取れなかった)について考えてみたい。

日本初ロックフェスは1997年のFUJI ROCK FESTIVAL(以下、「フジロック」)が最初である。現SMASH代表取締役の日高正博氏がフジロックの生みの親である。

アメリカやイギリスで見ると早いところでは1960年代、1980年代にはロックフェスが開催されているだけに、日本はまだ歴史が浅いように感じる。ただ、日本はROCKというジャンルに囚われず、ポピュラー音楽からボサノバまで幅広く、徐々に日本のロックフェス文化が広まったといえよう。

実は第1回のフジロックは猛烈な台風の為、2日目の開催は中止されている。横殴りの暴風雨の中、1日目のヘッドライナー・Red Hot Chili Peppersの演奏は非常に圧巻だったそうな。

記念すべき日本のロックフェスは「失敗」に終わっているというのだから驚く。あれから22年たった今、ロックフェスはどのようにして大衆化へと導いたのだろうか。

「(ロック)フェスティバル」とは言うものの邦語の「祭り」のような呪術的意味合いを持っているわけではない。

というのも、フェス会場へ行けばわかるのだが、会場には友人、恋人、一定数の集団と来ていることが多い。筆者が驚くのはフェス仲間がいることである。年齢、性別、職業問わず「フェス仲間」が形成されてる。フェスでしか会わないのだから、緩い繋がりではあるのだが、年1回しかないイベントだからこそ緩い繋がりで良いのだろう。もはやその繋がりを求めてロックフェスに参加する節がある。筆者が高校生のころはmixiとかでしたが、各種SNSが普及した今、現地で初対面、仲間が仲間を呼んで現地で形成されるパターンが多い。

彼ら彼女らにとって(筆者も)、ロックフェスに出演するアーティストはどうでもよく(アーティスト発表の前にチケットが売れるのはその証左)、ロックフェスというお祭りを楽しんで、仲間と朝からビール飲んだり、川遊びしたり、キャンプしたり、音楽談義と。ロックフェスでの過ごし方は千差万別あって、みんな違ってみんな良い点が筆者がロックフェスを最も愛する理由の1つかもしれない。筆者も長年フェスに参加していくうちに、過ごし方も変化し、1日に観るアーティストは2、3組程度で、あとは酒飲んだり寝たり飯食ったりしている。下手したら大トリも観ずに帰ったりすることもあるくらいだ。ただ1つ言えることは「そこに音楽があるからこそ楽しめている空間」なのだと。これに尽きる。

ロックフェスに参加する目的は千差万別あって良いのだが、つまるところ、フェスという雰囲気を味わいたい人間たちなのだと。

今年は東京オリンピックもあり、各ロックフェスに変化が生じているが(日程をずらす。SUMMER SONICは中止など)METROCKとROCK IN JAPANとCOUNTDOWN JAPANには参加できるよう、日々頑張っていきたいものだ。終わり。