ショートコント「吸血」

――ここ北の国でも、九条を名乗る主がふらり、と僕のもとに現れる。嗚呼、このときがやってしまった。僕は痛いことが極端に苦手なのだ。

 吸血種の主たちによって各々吸血の趣向、方法が違うと聞いた。棗様の場合は月に一度か二度。めったに吸血のために顔を見せることはない。
 なるほど、道理で僕ら人間にとって、ある意味では勲章として残される訳だ。
 「こんばんわ」
 「な、棗様!?……こんばんは」
 もっとも、僕にとってはその限りではない。普段の棗様は正に淑女であった、その分厳粛で怖い、というイメージが吸血鬼の元来持つイメージと合わせ、とても近寄り難い存在であったのだ。
「その、本日はどのようなご用件で……?」
 のだが。
 
 「貴方様は……15000人目のお客様です」
 「いや随分と世俗に染まってますな!?」
 そこに現れた彼女は、そんなクールなイメージからかけ離れた、おちゃめな姿であった。
 無礼なことをしたのではないかと内心ヒヤヒヤしながら、僕はけほんと咳払いを一つ。以下は僕が覚えている限りの彼女とのやり取りである。

 棗「キリ番特典といたしまして……」
 少年「は、はい」
 棗「こちらの猫ちぐら、定価23000円のところを、なんと26000円でご提供」
 少年「ぼったくりや!」

 棗「改めまして、少々お付き合いください」
 少年「はい、なんでしょう」
 棗「ショートコント、吸血」
 少年「どういうこっちゃ!?」

――不敬、だと僕は思った。しかし彼女にとってはこのやりとりこそが少しの楽しみだと、気づいたのだ。

 棗「いらっしゃいませこんにちは」
 少年「色々言いたいことありますけどなんでわざわざヘッドフォンをかぶるんですか」
 棗「……」
 少年「あの、スルーでございますか……」
 棗「ええ、ドライブスルーですね」
 少年「いやそのボケは分かりづらいわ!」
 棗「いらっしゃいませこんにちは、マイクに向かってこんにちは」
 少年「ご注文をどうぞや!いやうっかり間違えるけども!」
 棗「お持ち帰りでしょうか」
 少年「できるか!というか吸血する側なのになんでお持ち帰りの選択肢が生まれるんや!」
 棗「それともテイクオフでしょうか」
 少年「テイクアウトや!なんで離陸するんや!」
 少年「恐れ多いからここで吸血してほしいわ……」
 棗「かしこまりました、ご注文をどうぞ」
 少年「どこに注文する要素あるんねん!血を吸うだけやろ!?」
 棗「当店では200mL、400mL、3Lの3つのコースがございまして」
 少年「3Lはあかんて!致死量や!」

――吸血をすることが少し怖かった僕に、優しい内緒の時間が流れる。

 少年「あー……棗様あまり血を吸わないんでしたっけ」
 棗「ええ」
 少年「それなら200mLで」
 棗「かしこまりました、サイズの方はS,M,A,R,T5種類ございます」
 少年「はい……いやそれ言うならS,M,A,L,Lやろ!?油断ならないな!?」
 棗「失礼いたしました、S,M,L三種類でございます」
 少年「そもそもS,M,Lってなんの意味がおありで……?」
 棗「Sは……私が麻酔なしで首元を噛む」
 少年「純粋に痛い!」
 棗「Mは……私が吸血しながら……感じる」
 少年「どうでもよくないけどもどうでもええわ!なんやねんMって、そっちかいな!」

 少年「いや思ったんですけどそしたらLってなんです?」
 棗「そうですね、甘いものが好きな某漫画風に」
 少年「いや分かるか!魔界なのにサブカルがすぎるんじゃ!」
 少年「ほんと頼みますから普通に吸ってください、畏れ多すぎて死んでしまいますわ……」
 棗「ご一緒にポテトはいかがですか?」
 少年「まんまハンバーガー店やな!?というかポテトどこから持ってくるんや!」
 棗「デリバリーですね?」
 少年「こんな真夜中にお疲れ様ですね!?」
 棗「さあご一緒に?」
 棗、少年「「ポテトはいかがですか?」」
 少年「何言わせとんのや!!」
 棗「んんっ。今ならオプションで5000円払えば」
 少年「それたけのこはぎや!というか下手したら私が処されるわ!」
 棗「冗談ですよー?」
 少年「心臓に悪いわ……。いやといいますかなんで私めが棗様にツッコミをしなければ」
 棗「あらぁ……えっち」
 少年「そっちのツッコミやない!ただでさえ心臓バクバクしてんのにそれは畏れ多い!」

\ピンポーン/

 少年「あれ、この時間にチャイムなんかなりましたっけ」
 棗「ここで問題です」
 少年「普通それ答えわかった時に押すボタンやろ!」
 棗「いいえ、これはてぇてぇボタン」
 少年「紛らわしいわ!はよ吸うてやぁ……」
 棗「あ、正解は越後製菓ですね」
 少年「問題言っとらんやろ!ええかげんにせぇや!」
 棗「どうもありがとうございました」
 少年「勝手に終わらすなー!」

――空の満月が、僕と彼女を照らした。二人きりの時間はやがて、優しく僕を抱きかかえて首筋を喰む。

 幸せな時間は終わりを告げようとしていた。現実との乖離で驚いたあまり、ふとこんな質問をする。
 「……あの。今更で申し訳ないのですが、どうしてそんなことを?」
 棗様は、いつも群衆に見せるような微笑で、僕に語りかけていた。
 「私、普段はこういうふうにお茶目に生きていたかったんですよ。九条家と名のつく以上、私が収めます北の国はどうも私を怖がったりする方が多く。だからといって、他の国では割合ひどい目にあってしまいますね」
 棗様はこんなくだらない付き合ってくれたお礼にと頬に軽く口付ける。
 「ですので、なんでしょう。こうしたことを行える貴方で、とても良かったと思うのですよ?」
 
 「……ありがとう」
 くすり、と。少しの孤独を感じていた僕は、同じ痛みを抱えていた彼女に、最大級の敬礼を交わす。
 いつぞや騎士がしたような、彼女の手元にそっと口をつけて。
 
 棗「なるほどこれが本当のリップサービス」
 少年「やかましいわ!」

―笑劇終幕―

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