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読書メモ:牧野智和『日常に侵入する自己啓発ーー生き方・手帳術・片付け』

男性向けの自己啓発本(ビジネス書)の分析

  • 20代

    • とにかくなんでも頑張れ

    • 全ては自己の責任に帰される(「人のせいにしても成長しない」etc.)

    • 群れている場合ではない、仕事に役立つ人付き合いをしよう

    • 会社を疑ってはいけない

    • 貯金は悪、自己投資をせよ

      • 消費行動も仕事に結び付けられるということ

    • 基本的に「最近の若者は」と雑駁な若者論が踏み台に、本論が始まる

      • 自己啓発本が若者イメージを作っている可能性

  • 30代

    • 現状に甘んじてはならない

    • 遊びも覚えなさい、仕事に役立つ

      • 遊びと仕事を一体化せよ

    • 家庭も仕事につながる/仕事と同じようにできる

  • 40代

    • ゴールが見えても諦めずに研鑽せよ

何が男性向け自己啓発本で良いとされているのか?

  • ヘゲモニックな男性性

  • とにかく、仕事上で上を目指す男性像が示される(優越思考、権力志向)

  • 「凡庸な」サラリーマンはダメだと例示される

20代・30代の男性が生き方や働き方について考えようとし、自己啓発本にその手がかりを求めるとき、仕事における卓越によってその存在を証明せよという以外の選択肢が示されることはほぼないのである

(牧野 98)

女性向け自己啓発本の分析

  • スタートはほぼ「悩み、迷いを解決するには」

    • どの年代でも女性は悩んでいる描写らしい(地獄)

  • 解決策は全て「自分らしさを見つければ解決する」

  • 仕事・結婚・家庭・美、全てが「自分らしさ」につなげられる

  • なぜか?

    • 経済界でまだ、女性のアイデンティティが配備されにくい状況があるのでは

    • 就活生も一緒

    • 入社した男性は(流動性高い時代とはいえ)30代・40代が想像しやすい(マネージャー〜、部長〜)、一方の女性は妊娠で離脱するなど、まだ社会であまりペルソナが確定していない

  • 答えは自分に見つけるしかない

何が女性向け自己啓発本で良いとされているのか?

  • 自分を理解し、自分らしさの追求に努力する女性

  • ダメな例は、何も考えず流されてきた「おばさん」

自己啓発書はどのような世界をよしとしているのか

  • 男性:仕事における習熟・卓越

  • 女性:自分らしさの発見・実現

  • いろんなものが疑われる時代に、「これだけは確かだろう」というもの(参照項、「再帰の打ち止まり地点」)を提供

    • 前提が疑われず自明とされている

  • 良いとされる像

    • 全てのものを自己の存在証明(上記理想になること)のために使うゲーム(=アイデンティティ・ゲーム)に積極的姿勢を見せること自体を存在証明とする姿勢(「『アイデンティティ・ゲーム化』というアイデンティティ・ゲーム」)

  • 何が他の作者との差別化に使われているか

    • 特徴として、他の人と同じことを言っても「やっぱり大切なことは大切なのだ」と処理される結果、既出でも差異化の失敗には繋がらない

  • どのような感情的な習慣(感情的ハビトゥス)を身につけさせようとするか

    • コントロール可能性への専心

      • 全てが自分の責任に帰されるので、全てをコントロールしようとする

  • 内面に繋がった何かをどのように変えることで、自分の内面を変えるか、という議論になるので、社会側の改革が見えてこないのが自己啓発書とも言える

感想雑記

面白かったのは、家庭と仕事の両立に際して、働き方を変えるという選択肢は示されず、基本仕事で時間が取れないことは自明視され、いかに「効率良く」「コスパよく」家庭をやりくりするかが示されるという例。仕事と地続きにしようという言説もあって、「マネージャーとしての父親」が打ち出されていた。両者プレイヤーにはならない。中立的に分析していた筆者がここだけ「それでいいんか?」って書いていた。
しかし、女性はどうなのかというと、結局女性向け自己啓発本でも自分のことを考えるに終始するので、お互いで協力する/相手の人生に配慮するという選択肢は生まれない。

どこでアイデンティティ・ゲームを止めるのか

自己啓発本は全てを、仕事における卓越、もしくは自分らしさの発見に資するものとして、巻き込んでいく。実際に関係があるのか、自己啓発本が寧ろ関係を作り出しているのかは判断が難しい。

片付け・掃除は人生や経営に役立つと言い始めたのは明確にスタートがあって、それが現イエローハットの創業者鍵山氏。イエローハット…!

元々、面白そうな研究書だと他人の発表に使われているのを見て思っていたのもあるが、これから就職していくわけなので、「仕事という界において何が前提とされているのか」を知りたかった、その上でその類の本を読もうと思ったので読んだ。のだが、びっくりするほど面白かったので大満足。プルデューってこうやって使うのか〜っという勉強にもなったし、確かにそうだの連続だった。

『社会にとって趣味とは何か』(北田暁大、解体研)に文化をなんとなくブルデューで全部分析してしまうことへの危機感みたいなのが書いてあった記憶があるが、そもそもブルデューの凄さを理解していなかった(というか全然知らなかった)ので、この本で分析枠組みになっているのを見て、なるほどとなった。

この本のおかげで、別の本読んで「あ、これ自己啓クリシェだ」「あ、この人珍しいこと言っているな」とか思えるようになったのも、収穫。駒場の佐藤俊樹先生が「その文章が何を前提として隠しているかを意識して読むとよい」と言っていたのを思い出す。隠れた前提が何か、という思考はおそらく何においても重要なスキルだと思う。前提を受け入れる/受け入れないは自由だが、そもそも前提を相対化できないとその選択肢すら無くなり、苦しむ場合があるため。苦しまなくても、逆にブレイクスルーの起点にもなる。

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