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クローン彼氏

若い頃付き合っていた彼。

頭が良くて人気者で、なにか議論で行き詰まった時なんかに彼が口を開くと、その場の全員が深く頷いてしまうような実力とカリスマ性を持っていた彼。

私は彼に夢中でした。


ですが、彼について三点だけ、どうしても気になることがありました。

一つ目は、彼の小心な部分。

彼は周りに対しても私に対しても、決して格好をつけることを忘れない人でした。
そして私は彼のそういうところが好きでした。

若い頃の私には、男性は格好をつけてなんぼみたいな感覚があったので、仮に彼の中に繊細で脆い部分があろうと、彼が完璧に格好をつけ続けているぶんにはそれでよかった。

そういう意味では、彼の本当の姿や、生身の彼に興味がなかったのかもしれません。
私も未成熟でした。

ただ、ことルールや規則に関しては、彼の小心な部分が見え隠れして、私はそれに気付かないように目を伏せることがよくありました。

職場のルール、社会のルール、家族のルール、そういったものには彼はひどく従順な姿を見せました。

昔から私は、ルールというものにはまず疑問を持ってのぞむタイプの人間だし、そのルールに意味がない、それを支える信念や明確な目的がないものに関しては、それに従わないという選択肢をいつも自分の中に持っていました。

だからこそ、「ルールだから」という理由で盲目的にそれに従う、不満がありながらもそれに合わせていく彼の姿を見ると、白けた気持ちになりました。

ただ、バナナの黒くなった部分はポイと捨ててしまえばいい。

彼の小心な部分をバナナの黒い部分に見立てて、そこをちぎっては捨てる、そうしているぶんには、それが私の中で大きな問題になることはありませんでした。

二つ目。

彼は冗談を言うのがうまい人で、彼のいる場にはいつも笑いがありました。

ただ、彼の笑いの取り方を見ていると、腕の柔らかいところをつねられるような煩わしい感じがすることがよくありました。

彼は自分を落として笑いをとることは絶対にしない人でした。

いつもその場にいる特定の誰かをネタにして、その人を落としてみんなの笑いをさらう、そういう笑いのとり方が身に染み付いていました。

誰かを落として笑いをとる、それを一通りやると、爆笑に湧いた場を残してさっそうと去る、その時の彼のドヤ顔を見ていると、これまた白けた気持ちになりました。

仲間の誰かが言ったことをよく覚えています。
「あいつは自分を傷つけられることには、とても敏感なやつだ」

三つ目。

これが、私が彼と別れる決定的な要因となりました。

彼は、音楽や映画、文学や芸術には全く興味のない人でした。

そんな彼に、私は「自分が好きな世界」を見せようとしました。

ドライブで音楽をかける度に「これ、クールでしょ」と私が言うと、彼はだんだんそのクールに興味を抱くようになりました。
半年もした頃には、私よりもその音楽のジャンルに詳しくなって、うんちくを並べる彼がいました。

また彼は、服装にあまりこだわりがありませんでした。
シンプルなものをシンプルに着る、そういう人でした。

一方、当時の私は、ファッションそのものがすごく好きだったので、ブランドや着こなし、ステッチからレザーの質に至るまで、かなりのこだわりがありました。

「こういうのが似合うと思うよ」
「こういうのを試してみたら」
私は彼に自分のテイストをすすめました。

半年もした頃には、彼はファッション通みたいになり、ショップに行く度に「バイヤーさんですか?」と聞かれては、自慢げな顔をするようになりました。

音楽もファッションも、映画の趣味も絵画の好き嫌いも、私のクローン化した彼がそこにいました。

彼に対する憧れも尊敬も、いつしか消えていました。


趣味や価値観の合う人がいいとよく言いますが、自分と同じ人間は自分一人で充分です。

自分のクローンと恋愛はできません。

試しに、値が張るだけでダサいブランドの靴を彼にすすめてみました。

彼は言いました。
「これはダサいね」

少なくとも単に真似をするだけではなく、それなりのセンスは身に付けたようです。

彼の成長を見届けて、私は彼とさよならしました。


ふと自分に聞いてみたくなる1000の質問 #4
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