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【小説】招き男 #7 庭の赤い実

「この家に来る女性とは付き合わないとか決めてるの?」

私が聞くと、向井さんは答えた。

「そんなことないよ」

「向井さん、天まりちゃんのことが好きなの?」

なにも予定のない土曜の午後、私はつまらない嫉妬のせいで、そんなつまらないことを言った。

その日、遅く起きだした私は、家に人の気配がないことに気がついた。
みんな出かけちゃったんだ、と思いながら、なにげなく庭を見やると、縁側のすぐそこに向井さんがいた。

「なにしてるの?」

私が声をかけると、向井さんは顔を上げた。

「綾乃さん、おはよう」

向井さんの手には、シルバーの庭バサミが握られている。

「食卓に飾ろうと思ってね」

向井さんの背丈よりも高い南天の木が、たくさん赤い実をつけた房を、勢いよく伸ばしている。

パチン。

ところどころ空間を縫うように立つ低木の葉が、かすかに風にそよいでいる。

パチン。

「この前、天まりちゃんと出かけたでしょ」

「うん」
向井さんは、ちらっと私を見て、そしてまた南天に視線を戻す。

シルバーの刃が、南天の枝を挟む。

「私の部屋からちょうど玄関が見えるの」

パチン。

「天まりちゃんとキスしてるの、見ちゃった」

「そっか」
向井さんは、表情を変えない。

「この家に来る女性とは付き合わないとか決めてるの?」

「そんなことないよ」

向井さんの手元から、赤い実がぽろぽろとこぼれ落ちる。

「向井さん、天まりちゃんのことが好きなの?」

「なんでそんなこと聞くの?」

向井さんは、手を止めて私に向き直った。

「向井さん、私の気持ち、知ってるわよね」

思い切ってそう言った。

「この前、酔った綾乃さんを部屋に連れて行った時に、綾乃さんから好きって言われたけど、そのこと?」

向井さんにそう言われて、私はひどく情けない気持ちになった。
酔いに任せてそんなことを言った自分、酔いに任せなければそんなことが言えなかった自分を、情けなく思った。

「あの時はごめんなさい」

「謝ることじゃないよ」
向井さんは言った。

私は何も言えなくなった。

向井さんの手に握られているハサミが、あの日の記憶を蘇らせる。
あの日、私は鞄にハサミを隠し持っていた。
そして、鞄にハサミを隠し持った私は、あの日、向井さんに出会った。

「綾乃さん、僕は綾乃さんのこと、好きではないんだ」

向井さんは、大切なことを告白するように、私の目をしっかりと見つめて言った。

「向井さん、女の人、ふり慣れてるでしょ」

そう茶化すしかなかった。

つまらない嫉妬をしたせいで、きっぱりふられた。

向井さんは、いつもの穏やかな表情で私を見た。

ここにいてはいけない。

数日後、私はあの家を出た。


#創作大賞2022

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