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〔ショート・ホラー〕かくれんぼ

「もういいかい」
「まあだだよ」
子ども達の声が響く。暖かな土曜の午後、あまり広くも無い公園で、数人の子ども達が必死になって隠れ場所を探している。木陰のベンチに座った私は、ぼんやりとそれを眺めていた。

昔は、私もかくれんぼが好きだった。隠れ場所を探す時の焦燥感、鬼に見つからないように息を潜める緊張感、自分が鬼になって友達を見付けていくワクワク感、全部が好きだった。

ただ、やがてかくれんぼで遊ぶことはなくなった。一番の理由は「怖くなった」からだ。上手く隠れすぎて、誰にも見付けてもらえないままだったらどうする?知らない間に友達は帰ってしまって、夜の学校や公園に一人きりだと気が付いたら?または、鬼になって数を数えているうちにみんな帰ってしまったら?
そう、かくれんぼが怖くなったのは、友達を信じられなくなったからだ。子ども達は、悪戯の振りをして残酷なことが出来てしまう。あの時の私たちのように。

あの日も神社でかくれんぼをしていた。大人しく優しい夕香が鬼になった時、リーダー格だった茜が私たちに小さな声で言った。
「みんな、このまま帰らない?ちょっと夕香をからかってみようよ」
私も他の友達もビックリしたが、この日の茜は機嫌が良くなくて、遊んでいてもあまり楽しくなかった。その上、茜が鬼の時に夕香を見付けられなかったから、その仕返しをしたいのだと薄々は感づいていた。こういう時の茜に逆らうと面倒だ。私たちは躊躇い、夕香に申し訳ないと思ったものの、結局は茜に従ってしまった。それがどんなに残酷で恐ろしいことか、深く考えないままで。

翌日から、夕香は学校に来なくなった。暗くなっても帰ってこない夕香を心配してご両親が探し回り、やっと神社で見付けたとき、彼女は泣き疲れてフラフラになりながら神社の中をさまよっていたそうだ。木の陰を覗き込んだり、手水場の裏を覗いたり、誰かを探すかのように。何を聞かれても「いないの、いないから帰れないの」と繰り返すだけで、私たちのことは何も言わなかったらしい。

茜は私たちに「昨日のことは絶対に誰にも言わないように」と口止めした。情けないことに、私たちはまた茜に従った。もっとも今なら、私たち自身が本当のことを言うのが怖くて、楽な方に流れただけなのだと分かっている。が、当時は「茜がそう言うから」と、全てを茜のせいだと思い込もうとしていた。その結果、大人達は私たちのしたことを知らないままだ。

その後、夕香は一度も登校しないまま、遠くに転校してしまった。あの日かくれんぼをした友達とは遊ばなくなり、すっかり疎遠になった。当然だろう。茜以外はみな、息苦しいほどの罪悪感を抱いていたのだ。お互いの顔を見ることも苦痛になり、目が合うことすら避けていた。茜だけは変わらない態度で接しようとしてきたが、こちらが素っ気ない態度を取るうちに、他の友達を作って離れていった。

その後、夕香や茜がどうしているかは知らなかった。昨日、テレビのニュースで茜の名前を見るまでは。地元を離れ、遠くで働いていた彼女は、アパートの近くで倒れていたらしい。目立った外傷はないが、うわごとのように「鬼が…」と呟いて、意識不明に陥ったそうだ。事件と事故の両面で捜査していると言っていた。

ふと気が付くと、もう薄暗くなっていた。遊んでいた子ども達も、誰も残っていない。私も帰ろうと立ち上がりかけた時、突然背後に冷たい気配を感じた。振り返ろうとする私の耳元で、クスクスと笑い声がする。声の近さに驚いて動けずにいると、そっと息を吹きかけるように楽しそうな声が囁いた。
「見いつけた」

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