見出し画像

〔ショートホラー〕金魚鉢

金魚鉢を拾った。ネットで調べた、釣りの穴場で。穴場というだけあって、投げ釣りしやすい砂地なのに周りには誰もいなかった。が、期待に反して魚は全然釣れない。まあ、ネットの噂なんてこんなもんだ。諦めて帰ろうとした時、濡れた砂地でキラリと光るこいつを見つけた。半分埋まっている状態だったのを、その辺の石や木切れを使って掘り出すと、ガラスの金魚鉢だった。欠けたり割れたりしているところも無く、大きなキズも見当たらない。
「魚の代わりに、こいつでも持って帰るか」
僕は軽い気持ちでクーラーボックスに入れ、持ち帰った。

家に帰ってから綺麗に洗うと、金魚鉢はピカピカになった。一番上の部分だけ濃いブルーで、あとは透明。こんなアパートには似合わないぐらい、輝いて見える。
「このまま空っぽにしておくのもなあ…。やっぱり、金魚鉢には金魚かな」
ピカピカになった金魚鉢を活用したくなって、翌日の仕事帰り、近所のホームセンターをのぞきに行くことにした。

ソワソワしながら終業時刻を待ち、一目散にホームセンターに向かう。金魚鉢に入れる砂利、プラスチックの水草、小粒のエサと、小さな赤い金魚を2匹買った。家に着くと、早速汲んでおいた水を入れ、砂利と水草をセッティングし、買ってきた金魚をそっと移す。元気に泳ぎ回る赤い金魚は、金魚鉢にとてもよく似合って可愛い。その日は、スマホもテレビも見ることなく、金魚鉢の金魚を眠るまで眺めていた。


翌朝、金魚に朝の挨拶をしようと金魚鉢を覗くと、
「あれっ?金魚は?」
元気に泳ぎ回っていたはずの金魚が、2匹ともいない。もしかしたら、跳ねて外に出てしまったのかと、周りも探してみたがいない。水がこぼれた跡もないし、どういうことかサッパリ分からない。
「金魚はどこに…」
呆然として空き家になった金魚鉢を眺めている時、透明の部分に小さな赤い石が2つ、キラッと光るのが見えた。
「ん?こんな石、昨日からあったっけ?」
何となく釈然としないまま、取りあえず仕事に向かった。


その日の帰り、少し迷ったが、またホームセンターで金魚を買った。今度は黒の出目金を3匹。金魚鉢に移すと、昨日の赤い金魚と同じように、元気に泳ぎ回っている。これはこれで、やはり可愛い。
「今度は大丈夫だよ…な?」
その日は遅くまで金魚を眺めていたが、仕事の疲れもあり、やがて眠ってしまった。


気が付くと朝だった。慌てて金魚鉢を覗くと、もう金魚はいない。代わりに、ガラス部分に黒い石が3つ、キラキラと妖しい光を放っている。
「…綺麗だ…」
その石を見た途端、心のどこかにあった恐怖心や、金魚を憐れに思っていた気持ちが消えた。美しい。この石も、この石を含んだこの金魚鉢も。ここにもっともっと石を飾りたい。その衝動を抑えることは出来なかった。

翌日から、毎日、仕事帰りに金魚を買った。同じ店で買い続けると、不審に思われるかも知れないので、あちこちに足をのばして買い続けた。今、金魚鉢は様々な色の石を埋め込んだようになり、複雑な光を放っている。美しい。こんなに美しい金魚鉢は見たことがない。出来れば毎日、一日中眺めていたい。その気持ちが日増しに強くなり、とうとう仕事も辞めてしまった。

もう1つ、最近になって気が付いたことがある。この金魚鉢は成長しているのだ。石の数が増えれば増えるほど、金魚鉢は少しずつ大きくなっていた。最初は机の上にちょこんと乗っていたのだが、今は机からはみ出すような大きさになっている。水替えも大変だが、金魚鉢を美しく保つためには、こまめにやるしかない。
そして今、この大きい金魚鉢には、もっと大きい金魚が必要かも知れないと思い立った。翌日、早速大きな白と赤の金魚を買って帰り、金魚鉢に放った。が、翌朝にはやはりいなくなっていた。その分、大きな石が美しく光り、金魚鉢も更に大きくなっていた。

こうして幸せな日々が続いていたが、仕事を辞めて収入が途絶えると、当然蓄えが減っていく。小さい金魚よりも大きい金魚の方が単価が高いことも、拍車をかけた。かと言って、金魚鉢を一日じゅう愛でることを諦めることはできない。結局、仕事を探すことも、金魚鉢を諦めることもせず、現実から目を逸らすように金魚鉢との生活を続けた。

そして今日。とうとう蓄えがなくなった。畳ぐらいの大きさになった、宝石をちりばめたような金魚鉢に、もう魚を買ってやることはできない。
そもそも、魚がどうやって石になるのか、分からないままなのに。どんなに金魚鉢の前で見張っていても、トイレに立った瞬間や、居眠りをした瞬間に、魚はいつも消えてしまったから。
何よりもそれが残念でならない。
その時ふと、面白い考えが浮かんだ。もしも自分が金魚鉢に入ったら、美しい石に変えて貰えるのだろうか。もしそうなら、石になる瞬間を知ることも出来る。そして一生、この金魚鉢と居られる。そうだ、もうこれしかない!


僕は服を全て脱ぎ捨てると、躊躇いなく金魚鉢に飛び込んだ。

(完)


こんにちは。こちらに参加させていただきます。

ああ、またやってしまいました。こんなに可愛いお題で、どうしてこんなホラーなストーリーしか浮かばないのか…。
小牧さん、申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。
読んでくださった方、どうもありがとうございました。

この記事が参加している募集

#私の作品紹介

96,726件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?