タケノコ
真夜中の公園。
ふとベンチに目をやると、1組のカップルが逆立ちをしてこちらを見ていた。
4つ並んだその目には一切の光がなく、表情も虚ろであった。
今日は三男の誕生日だった。そして、命日でもある。
私の子は3人とも、生まれたその日に自ら命を絶ったのだ。
三男の顔を思い出していると、次第に猫が集まってきた。午前2時である。
1匹、2匹と立ち上がり、やがて集まっていた全ての猫が直立した。
私を囲む猫たちは両手を合わせると、静かに目を閉じた。
その頃、ベンチの方からなにやら声がした。
2人は先ほどと同じ体勢であったが、僅かに口が動いていた。
「にげてください」
そう言っているように見えた。
しかし私は動かなかった。拝み猫を振り切ってこの場から去ることは道義に反するからだ。
午前3時、手前の黒猫が目を開いた。
舌を噛み、その場に倒れる黒猫。
白猫、三毛猫、シャム猫と、全ての猫が次々に舌を噛み切って倒れていった。
ベンチではまだ2人が逆立ちしており、「にげてください」と呟いている。
近づいてみると妙に甘い匂いがしたので、私は何も言わず公園から立ち去った。
生まれたての赤ん坊が立て続けに3人も自殺するというのはおかしなことだと看護婦は言った。私もそれに同調した。
看護婦は妻が原因だと言い、私もそれに同調した。
それから彼女は、毎日妻を罵った。
私もそれに同調した。
今朝、「あの女の骨壺を捨ててこい」と言われたので、私は仕方なく妻の実家を訪ねた。
揃って出てきた義両親が、どうぞどうぞと笑顔で骨壺を渡してくれた。
朝、なんとなくポストを開けると、一通の手紙が入っていた。
あなたは人ごろしです。と書いてあったので、そうですよ、と書いて返信した。
いつもの水族館に行くと、「人」と書かれた水槽が増えていた。彼女はそれを5時間も見ていた。
水族館を出ようとしたところで、若い女とぶつかりそうになった。手に何かを持って東の方から走ってきたのだ。
「あれは急ぎの走りだね」
私がそう言うと、彼女が「急ぎ以外の走りってある?」と不思議そうな顔で言ったので、「運動」と返した。
駅までの道が、行きの時より短く感じた。
切符を買おうと財布を出した瞬間、彼女が叫んだ。
「ポケットに入れてた財布が、タケノコになってるぅー!」
彼女はお金を払う場面になると、必ずこうなるのだ。
「大丈夫だよ、僕が出すから」
「わーいありまとー(^q^)」
彼女の笑顔さえあれば私は生きていける。
だから妻を捨てたのだ。
夜中、また拝み猫たちの相手をしていると、昨日の黒猫が口を開いた。
「かわいそうに」
そう言って笑った。他の猫も同様に笑っていた。
日が昇る頃にはまた、40匹のセミの死骸が転がっていた。
ベンチの裏に隠れて日の出に猛反対していた老人もいつの間にかいなくなっていた。
家に戻って寝室に入ると、枕元に骨壺が置かれていた。
「おい、これはいったいどういうことだ」
私がそう言うと、彼女は驚いたような顔をして「ポケットに入れてた財布が、タケノコになってるぅー!」と叫んだ。
「それいつも言うけど、その後どうなってるんだよ。タケノコは財布に戻ってるのか?」
「分かんないけど、いつの間にかそこに置いてあったの。気味が悪いわね」
「お義父さんたちの仕業だろうか⋯⋯」
土がついていた。
山に埋めた妻のものに間違いなかった。
「オトーサンタチノシワザダローカ⋯⋯」
高い声で私のモノマネをする彼女。
「ワタシ、コーヒーガノミタイナ」
仕方がないので、130円だけ握りしめて家を出た。
「いしやぁ〜きいも〜〜〜♪ うぉいもぉ〜ぅぉぅぉ♪」
ちょうど家の前に焼き芋屋が来ていたので、30円と缶コーヒーを交換してもらった。
コーヒーを飲みながら家に入ると、彼女が何かを組み立てていた。椅子のように見える。
「おかえりあなた。今ハンバーグ作ってるの」
椅子の形のハンバーグらしい。
「それ、食えるの?」
「ミッチョンコ」
雨が降ってきた。洗濯物を取り込まねば。
「僕が行ってくるよ」
階段を駆け上がり、ベランダに出るも、物干し竿には何も掛かっていなかった。
せっかく取り込みに来たのに何も取り込まないのも気持ち悪いので、私はしばらくエア洗濯物取り込みをして時間を潰した。
翌日、エア取り込みに飽きた私はずぶ濡れのままその場で横になり、深い眠りについた。
6分後に目覚めた私はすぐに立ち上がり、その場で横になり、深い眠りについた。
その時の寝言は以下の通りである。
「オスの牛乳」
骨壺の中を見てみると、黄色いテリーヌになっていた。
「12時37分、テリーヌ確認」
私がそう言うと、彼女が嬉しそうに口を開いた。
「しっこです」
なんと、彼女は妻の骨壺の中にしっこのテリーヌを作っていたのだ。
こんな不道徳な人間を生かしておけないと思った私は、誰よりも早く風呂に入って布団に入った。
殺虫剤がほしい。
彼女の作る飯は刑務所のようだった。
衣だけをいくつも重ねたコロッケのマトリョーシカに、白とも黄色ともつかない謎の粉末、そして知らないメーカーの味噌ラーメンのカップ麺。
彼女はそれらをミルフィーユカツ、しっ粉、味噌ラーメンと呼んだ。
私は椅子が食べたかった。びっくりドンキーと同じ匂いがしているのだ。匂いだけで実際には食べられないなんて、拷問にほかならないと思うのだ。
また、あなたは人ごろしです。と書かれた手紙が届いたので、そうですよ、と書いて返信した。
「やっぱハンバーグだよなぁ」
タバコの煙を吐きながら、ツミが呟いた。
「そうだね、ハンバーグだね」
私は久しぶりに同調した。
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