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【狂い昔話】霊のいる街

 むかしむかしの私のお話。肉薬にくぐすりを食パン1077枚に挟み、4回に分けて食べることから私の1日は始まる。残った1076枚はどうすればいいのだろうか、そんなことを思いつつも、いつも私は迷った挙句全て自転車に装飾してデコチャリにしてしまう。

 賞は3回取ったので、今日はゆっくり過ごしてみよう。あらら、右手の指が3本多い。酔っ払っているからだろうか。私は望んだことは喜ぶが、これは望んだことなので喜ぶ。でも邪魔だったので3本ちぎって隣の家のポストへ入れた。

 血だらけの右手でサドルを持ち上げ、1m横にずらす。スタンドを蹴り飛ばし、サドルにまたがり空をゆく。1076枚の肉薬食パンの匂いにつられたカラスと鳩と町内中の吉井よしいさんが私の自転車を囲んでいる。

 吉井さんにクンロクを入れられた私は仕方なく地に降り立ち、カラスと鳩を引き連れ商店街へ向かう。ああ今日は良い天気だ、雪だるまが毎分40個私目掛けて降ってくる。なんと幸福か。

 プルルルルルル

「もしみょし」

『第4回飴化副総理ゲコ大臣ぺろぺろコンクール優勝おめゲコでとうございます。これで4連覇とゲコなりましたねケロケロケロ』

 電話の向こうのカエルが私と話したがっているようだ。私も飴そぺコンの運営よりカエルと話したい。

「今から行きます」

『お待ちしております』

 両足の裏にダイナマイトをセットし、1回の爆破で300mずつ運営会社に近づいてゆく。大体120回で到着する計算だ。

 ピーポーピーポー

「意識はありますか!」

「まだ1回しか進んでないんですけど」

 ダイナマイトのせいで下半身が吹っ飛び、私は上半身だけの体になっていた。救急隊に運ばれ、すぐに手術となった。

 プルルルルルル

「もしみょし」

『副総理が生産中止になりましたので、第5回大会はおしぼりで代用します』

 生産中止ならもはや代用ではなく変更だろ。

「あの、手術中にもしみょしって電話に出るのやめてもらえますか。笑っちゃって変なとこ切っちゃいましたよ」

 はい、私は子どもの頃から人を笑顔にするのが好きでした! それはお医者さん先生であろうと同じことですナメクジ!

「私は死ぬのでしょうか」

 急に怖くなってきた。4連覇の賞金約1万円が手に入って一生遊んで暮らせると思っていた矢先にこんな事故に巻き込まれて⋯⋯

「ごめんなさい、あなたは今死んじゃいました」

 ということで今から幽霊として活動するわけですが、霊体ではいつも通り生活出来ないような気がするんですよね。そこで私は考えました。考えただけです、特に策は思いつきませんでした。

 とりあえず散歩の続きをして心を落ち着かせましょう。いつもならこの時間は最寄りのコンビニの駐車場に布団を敷いてヨガをしている時間です。せっかくなのでコンビニに向かいましょうか。

 しばらく後ろ向きで歩いていると、弟に会いました。やはり彼には私が見えていないようで、何の反応もありません。彼の顔をよく見ると、真っ赤な血で染まっています。なぜ私は気がつかなかったのでしょうか。

「ね、姉さん⋯⋯」

 弟が私を呼んでいます。見えているのでしょうか。そういえば、私がいつの間にか敬語になっているのに気がつきましたか? 幽霊になるとみんなこうなるみたいですよ。

「姉さん、どこ行っちゃったんだ⋯⋯」

 見えてはいないようですね。なぜ弟は血まみれなのでしょう。その答えは、彼の頭上にありました。2羽のカラスと6羽の鳩と19人の吉井さんが頭の上で喧嘩をしていました。主にカラスのくちばしのせいで出血していたようです。

「姉さんめ、僕は駐輪場じゃないっての⋯⋯」

 そうでした、私は駐輪場と間違えて弟の頭の上にデコチャリを駐輪していたのでした。頭の上で起きている喧嘩は肉薬食パンの取り合いが原因だったようです。

「クソ⋯⋯姉さんめ⋯⋯」バタッ

 弟はその場に倒れ込んでしまいました。大丈夫か弟。弟大丈夫か。

 ポンポン

 と、誰かが私の肩を叩きました。私は今幽霊なので、私を触れるということは除霊師⋯⋯?

「バァーーーーッ!」

 振り向くと弟が私に向かって叫んでいました。

「驚きました? ワタクシ、幽霊になったんですのよ」

 弟の敬語を初めて聞きました。とても新鮮です。今日はいい日ですね。⋯⋯ワタクシ?

「驚きませんよ。私も幽霊ですから」

「あら奇遇ですわねおほほほほ」

 思い出しました。死ぬ前まで弟とタメ口マダムごっこをしていたんでした。まだマダムだったんですね。

 ガブリ

 弟は地獄の竜に食べられてしまいました。弟は人を殺したり家に火をつけたり、いろいろ悪事を働いた大泥棒だったのです。蜘蛛も踏み殺しましたしね。なので弟といえど同情の余地はありません。地獄で永遠の苦しみを味わうがいいザマス!

 私は予定通り敷布団を持ってコンビニへ向かいました。上半身しかないので最寄りのコンビニに行くのも一苦労です。

 やっとの思いでコンビニに着くと、駐車場にそのコンビニの皇帝が立っていました。

「またあなたですか。ここはこのお店の駐車場であって、ヨガスクールではないんですよ!」

 私は皇帝の言葉に違和感を覚えた。いつもなら「またお前か! 帰れクソが!」と怒鳴ってくるのです。今日いきなり敬語になるなんて⋯⋯

 突然ですが皆様、敬語を使う理由がいくつか存在することはご存知でしょうか。初対面や目上の人、公式の場などでは敬語を使うことが常識です。

 でも、他の理由でも使ったことがあるんじゃないですか? そう、距離を取りたい時です。距離を取りたい相手には敬語を使うことがありますよね。つまりコンビニの皇帝は私と距離を取りたいと思っているということですね! クソが!

「帰ってくださらないのであれば、警察を呼びますよ」

 いつも敬語を使われなかった相手からの突然の敬語は心に刺さりますね⋯⋯そういえば、皇帝は私のことが見えているようですが、普通の人間に私のことが見えるのでしょうか。

「皇帝、私のことが見えているのですか」

「幽霊同士なんですから当然ですよ」

 敬語を使う理由のひとつに『幽霊になったから』というものがあるのをすっかり忘れていました。ということは、私と距離を取りたいわけではなかったのですね。

「なら今日は身を引きます。さようなら」

 そう言って私は敷布団の上でヨガのポーズを決めながら家に向かってゴロゴロと転がり始めました。右折するために交差点内で対向車が途切れるのを待っていると、ふと小学生時代のガキ大将の言葉が頭をよぎりました。

『ゴロゴロしてばかりだと日に4kg太るぞ。ヨーグルトさえ食べてれば大丈夫だがな』

 私は『絡まったイヤホンのポーズその6』を解き、涙を拭きました。日に4kg太るわけにはいかない。走って家に帰ろう!

 そう決意した私は時速40cmで走り始めました。家の前まで来たところでひとついい事を思いつきました。私は今誰にも見えていません。つまり透明人間のような存在です。透明人間になった人間がすることはただひとつ、覗き以外にありません。

 ⋯⋯ん? 愚問ですね。6歳の私でも覗きに興味はありますよ。隣の家の陽太ようた(逆から呼んだら太陽じゃん)くんなんて2歳年下でめちゃくちゃ食べ頃なわけですよ。ちょっくら覗いてみっか!

「出来たよ〜!」

「わーい! ⋯⋯お母さんのそれは何?」

 お母さんと2人で暮らしている陽太くんはとても食いしん坊で、いつもご飯を2回はおかわりするそうです。

 陽太くんのお皿にはパン粉の衣をまとった棒状の揚げ物が3本ありました。お母さんのお皿には、とても薄くて四角い揚げ物がひとつありました。

「お母さん、それひと口ちょうだい!」

「ダメっ!」

 お母さんの言葉を無視し、四角い揚げ物に手を伸ばす陽太くん。揚げ物素手でいくのかよ。陽太くんがひと口かじると、サクッと小気味の良い音がしました。

「お母さん、これ広告じゃん!」

 お母さんは自分のお昼ご飯を新聞に入っていたチラシで済ませようとしていたようです。息子にはあんな立派な揚げ物を3個も用意して、自分は紙を食べるなんて⋯⋯私は泣きそうになりました。

「僕のを半分こしようよ!」

「陽太は優しいのね、フフ」

 微笑ましい親子です。私もほっこりしてしまいます。2人は揚げ物にソースをかけて食べ始めました。

「ママ、このエビフライ骨あるよ!」

「それはエビフライじゃなくて、ユビフライよ。骨があるのは当たり前じゃない。今朝ポストに入ってた指を揚げたの」

 私が朝ポストに入れた指を使っていたようです。私の指が少しでも経済面でお役に立てているようで嬉しいです。

「人の指なんて食べられないよ!」

「貴重なタンパク源なんだから食べなきゃダメよ! ほら、口を開けて⋯⋯おりゃ、よし!」

「ふがが、ふががががが」

「あらあらそんなにおいしいのね〜、もっとお食べ〜」

「ふがががががががか」

 陽太くんはユビフライを喉に詰まらせて死んでしまいました。間接的に私が殺してしまったようなものです。私は責任を感じました。

「これはこれはお隣のお姉様、いつもお世話になっております。実はわたくし、死ぬのが初めてでして、いろいろとご教示いただけましたら幸いです」

 陽太くんの幽霊はビジネスマンのようでした。私も今日死んだばかりなので、彼に教えられることがあるのかどうか分かりません。自信はありませんが頑張って教えてみようと思います。

「私についてくる覚悟はありますか?」

 陽太くんが中途半端な覚悟だったら話にならないので、念の為に確認をします。

「もちろんございますとも!」

「その心意気、気に入りました! さっそく飲みに行きましょう!」

 2人は翌日の午前5時まで飲み続けたあと、地獄の竜に食べられました。2人とも人を殺したり家に火をつけたり、いろいろ悪事を働いた大泥棒だったので、そのしらせを聞いた町の者たちは大喜びしましたとさ、めでたしめでたし。


 フィクションです。

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