見出し画像

しあわせそうでうらやましい

日がなゲームに触れています。ゲームに触れない日はほとんどありませんし、ありえない。
なんでこんなに恋焦がれているのか自分では
わかりませんが、結局死んでもわからないだろうと確信しています。

勇者を基礎として、ある日はハンターとある日は島民、またある時はバタフリーを相棒に殿堂入りを目指すこともしますし、ドラゴンボールの孫悟空を演じてみたりと忙しくしています。当然、コインを集めながらヒァウィゴーしてフッフ〜♪でゴールポールにのぼりますよ。

ぼくはファミコン世代ですがスーファミで育ちました。皆がプレステに移行する中セガサターンで遊び、サクラ大戦で次世代を感じながらFF7で一撃KOされそのままプレステ派に。
毎日ゲームショップに通い、ドリームキャストもワンダースワンも遊びました。10代から20代前半まではゲームと毎日デートしている日々。
『ゼルダの伝説 風のタクト』のためにゲームキューブもセットで買いました。あの冒険は今でもコケの大事な礎。風が運んだ冒険は、今でも生きています。

世はニンテンドーDS時代。液晶が上下2画面のスグレモノ。タッチパネルに感動し、複雑化したゲームがシンプルになり、初心者を置いていかない任天堂のスタイルに感動しました。

その頃はすでにぼくも20代後半で、周りはゲームはやらないお友達が増えました。忙しい、時間がない、それぞれの理由は聞き及んでいたものですが、いちばんの理由はそこじゃない。

大人になる、ということは、文化的にも社会人としてもさまざまな価値観に触れる、ということです。みなさまも映画を観たり、デートのプレゼントで失敗したり仕事で年齢の上下差に揺れ動き、おののいたりと、色々経験しますよね?

さまざまな価値観に触れるということは、ぼんやりしていた価値観がクッキリしてくる、ということですから、ただなんとなく遊んでいるゲームに魅力を感じなくなるのはいたし方ないところ。
強制してもいいことありませんからね。


ゲームは誰かが作るもの。だからと言って作り手の価値観と一致したからと言って面白いわけでもなく、自分が面白いからお友達も面白いと感じてもらえるわけでもないでしょう。どういう遊びが面白いのかは、プレイヤーが決めることだと思っています。

ただゲームはクリエイターさんの趣味趣向は色濃く出ているもの。「ゼルダの伝説「風のタクト」は南国、同作「ブレス オブ  ザ ワイルド」は縄文と言った具合。

ゲームクリエイターさんの意識に向けてみる、というのも面白い遊びですね。

クリエイターの方々が今どういう意識を持っているかは外からはわからないものの、少なくとも遊びやすくなった最新ゲームはコアゲーマーとライトゲーマーを分けない素晴らしい価値観です。

またはそれぞれが独創状態。
色分けが素晴らしい。

ぼくはゲームで心が強くなり、いいゲームにもそうでもないゲームにも触れることで鍛えられ価値観の底上げも経験しました。もちろんゲームで失恋もしています(笑)そして何よりも"幸せ"をとにかく取り込んでいます。
自己肯定感が強いのはそのせいか。

今日も今日とてゲームで遊ぶ。

新たにはじめる冒険にどんな出会いがあるのか、
今からとてもワクワクしています。

ゲームを遊ばなくなった後輩が、
しあわせそうでうらやましい』とつぶやいた
一言が、今でも忘れられません。



いつかあの世に旅立つその日まで、
いや旅立ってからも"勇者になる"


コケでした〜。

サポートいただけるなんて奇跡が起きるのかは存じ上げていませんでしたが、その奇跡がまさかまさかに起きました!これからありがたくゲームのオトモ代(コーヒーとかお茶)いただけると大変喜びます。サポート設定ってあなどれないぜ…。