荷馬車の乗り心地は最悪だった。 ラシオ鉱山まで続く道のりは、踏みならされた轍を目印にしてひた走る。馬に騎乗して向かえば二日もあれば麓に着くだろう。だが、送り届ける者は騎士ではなく、十数人の採掘工とその護衛だ。 都市階級の他に都市外労働者という身分がある。農奴や日雇いの採掘坑、漁師などがそれに当たる。都市内か外かで扱いが大きく変わり、とりわけ彼らへの扱いは酷く、同じ人間でありながら物のような扱いを受ける。 定住地をもたない冒険者も似たような境遇だ。彼等は身分がないため階
何度も見た夢。何度も想像した世界。 いつか戻れるかな? あの世界に。 けたたましく鳴るアラームに手を伸ばす。時刻は6時。私は目を細めながら現実逃避する。 いつの間にかずり落ちた掛け布団。暑さを感じてベッドの脇へ落としたのかもしれない。気付けば、お腹も出ている。私は皺が寄ったパジャマを伸ばしながら目を擦った。 カーテンの隙間から漏れる光を見つけて、カーテンを両サイドに開いた。途端に飛び込んでくる陽の光に目を細めて、私は洗面所へ向かった。 身支度を済ませて、アパート
誰も受けない依頼がある。 その依頼は一週間前から掲示板に貼られ続け、誰の目にも留まらなかった。報酬はたったの20マルク。そう、庭の草刈りである。 ギルドの掲示板に貼られた数々の依頼を一頻り眺めたあと、日焼けして茶色になった依頼に目が留まった。だが、それが何であるか内容を吟味する必要はなく「ああ、アレか」と私の中で合点がいく。受けずの依頼、だ。 依頼は大きく分けて五つある。 討伐、採集、配達、護衛、雑用である。このうち、討伐と護衛は危険が伴うが報酬が多い。採集と配達
冒険者の一日は日雇い労働者のようなものだ。宿で簡単な朝食を摂り、昼は依頼をこなし、夜は再び宿で夕食を頂き、寝る。家でもあれば生活拠点として自由にできるのだが、その家を買うお金はいっぱしの冒険者の懐事情では厳しい。安宿で食う寝る依頼しかできない私にとっては夢のまた夢だ。 少し離れた鉱山へ採掘に行き、一攫千金を狙うという手もある。金鉱石が掘れるという噂のラシオ鉱山。ツルハシとスコップを携えた労働者が寄り合い馬車に乗り込む姿はもはや日常茶飯事だ。しかし、向かう労働者に対して帰っ
フィナージュ街中心部にある冒険者ギルド。 ギルドに登録した人は冒険者という扱いとなり、依頼を受諾できるようになる。冒険者ギルドの掲示板は常に大量の依頼で埋め尽くされており、もちろん冒険者たちで賑わっている。私も例に漏れず、掲示板の一端を眺めては依頼を見定めていたところだ。 簡単な依頼の代表格は『民家の雑草抜き』だ。ギルドに依頼することではないと思われるが、日中仕事に明け暮れる家主にとって家周辺の掃除はやはり面倒なようでよく掲載されている。しかし、報酬は安い。20マルク。
街の城門の近衛兵を通り過ぎ、道なりに進む。 茶色の地面は踏み固められ、草一つ生えていない。人の往来が激しい証拠だ。先ほど通り過ぎた馬車の車輪の跡も残っている。 とは言うものの、道から少し外れると手入れのされていない草原がどこまでも続く。幸い、草木の背丈は低く、人の姿が隠れるほどではなかった。 草を掻き分けながら奥へと向かう。さて、そろそろ見える頃だが……。 草木の丈が意図的に刈られた小さな広場。実は早朝にここを訪れてトラップをいくつか仕掛けた。野ねずみを捕獲しようと