流れついて早半年

 何度も見た夢。何度も想像した世界。
 いつか戻れるかな? あの世界に。

 けたたましく鳴るアラームに手を伸ばす。時刻は6時。私は目を細めながら現実逃避する。
 いつの間にかずり落ちた掛け布団。暑さを感じてベッドの脇へ落としたのかもしれない。気付けば、お腹も出ている。私は皺が寄ったパジャマを伸ばしながら目を擦った。
 カーテンの隙間から漏れる光を見つけて、カーテンを両サイドに開いた。途端に飛び込んでくる陽の光に目を細めて、私は洗面所へ向かった。
 身支度を済ませて、アパートの上階から階下へ向かう。金属製の螺旋階段をカンカンと音を立てながら駆け下り、時間を気にする。毎日余裕をもって出発しているが、やや焦燥感がある。出勤時間までに職場に着かねばならない。
 起きる前に見た夢を思い出せるかと想像してみるものの、やはり何も覚えていない。毎日のことだ。だが、覚えていたから何だというのだ。
 せめて夢の中だけでも冒険がしたいな、と何度も何度も思ったが都合よく良い夢に変わるはずもなく、今までに経験した出来事やこれから起きそうな正夢のようなものが繰り返し繰り返し夢に現れていた。

 小さな画面で見ていたあの世界。
 たかが電子データだったが、私が居て友人が居て、数多の人々が内包されていたゲームの世界。定期的に送られてくる配信された電子データを元に意思決定を下し、仲間とともに次の物語へ。そんな世界も配信停止とともに消え去った。みんなで嘆き悲しんだ。
 それから数年。いつか見たあの世界に戻れたらいいな。そんな淡い期待をまだまだ抱きながら、私は帰途に着いていた。

 大雨の日だった。
 暗い夜道を一直線に歩いていたとき、街灯の光が照らされているにもかかわらず、光を反射しない真っ黒な水溜りに遭遇した。だが、私は意に介せず、水溜りを横切らず直進した。
 ――どぷん。
 足場が突然沈んだ感覚に襲われる。
 私は背中からゆっくり倒れる感覚に気持ち悪さを感じて、体を支えようと地面に手を伸ばした。だが、いつまで経っても硬い地面を触る気配はなく、体と意識はゆっくりと沈んでいった。

 心地よい風が頬を撫でていることに気付いたとき、後頭部にゴツゴツしたものが当たる痛みがあった。小石だ。舗装された道に砂利道はなかったはずだが……。
 体を横にして目を見開くと知らない草原だった。
 勢いよく体を起こして周囲を見渡す。初めて見る大地、初めて見る空、初めて味わう空気だった。
 異世界? もしくは夢か? それとも私の頭がおかしくなったか。
 試しに「ステータスオープン」と呟いてみる。だが何も起こらない。何かの力が芽生えたかと思って試しに全力で走ってみたが疲れただけで、あまつさえ転んで膝を擦りむいてしまった。
 痛みがある夢を見たことは、ある。苦しみを背負った夢も見たことも、ある。果たしてこれは、夢か、現実か。
 夢なら覚めてほしい。だだっ広い草原で、私はただ一人呆けていた。

 ――この世界に来た頃の記憶を唐突に思い出していた。
 安宿『リアエズト』の一室の藁の寝床は酷く寝心地が悪い。何と言っても木製の箱に藁を敷き詰めただけの簡易なベッドだ。現代文明のふかふかのベッドとは雲泥の差である。
 あのときは兎に角、大変だった。
 遠くに見えた、文明があるらしき建物に向かってひたすら歩き、疲れを癒す暇もなくゴロツキに絡まれ、運良くギルド員に助けられた。ゴロツキに目を付けられた原因はスーツとジャケットという異質な格好だったためだが、それにしても道行く人が誰も助けに来ないのは酷さを感じた。人間不信に陥りかけた。
 それが今や、当たり前のように街を闊歩し、冒険者ギルドに出入りするようになったとは、いやはや慣れとは恐ろしいものだ。

 さて、今日はどの依頼を受けようか。
 街の周辺のモンスターを討伐するか、それともラシオ鉱山へ向かう採掘チームの護衛をするか、のんびり釣りに勤しむか。

選択肢を選んでください
●街周辺のモンスター討伐
●鉱山まで採掘チームを護衛
●のんびり釣り
●アイテム合成の練習

続く?