雪色の邂逅・2
第六猟兵(https://tw6.jp/ )の二次創作です。
世界観はふわふわ。
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家に戻って暖炉の火を入れた。
布の効力があったおかげで猫の体は冷えてはいなかったが、衰弱はしているようだ。
「わざわざ布に包まれてってことは、拐かしだったりするのかしら?」
よくよく見れば着ているものはネグリジェ――寝間着だ。ポノが着ているものよりも質が良く、誘拐、と思ってしまったのはそのため。
様子を見てライトヒールでの治療を行う。ユーベルコードは便利だ。まだ扱いには慣れていないので疲労感をすぐに覚えてしまうけれども。
そうやって看病をしていると、猫が身じろぎをした。
「……?」
「あ、目が覚めた? ケットシーさん、具合はどう? 水は飲める?」
はくっとケットシーの口が開いて、けほけほと咳をした。喉は渇き切っているようで水が最優先となる。コップにするかお皿にするかと一瞬悩んだが、深めの木のスプーンで水をすくって飲ませる。ピンク色の舌で舐めるようにぺちゃぺちゃと水を飲むケットシー。
ふう、と息を吐いたケットシーは目を閉じて、再びぐったりとした。
「まだ寝てていいわよ」
やっぱりお医者さんの元へ連れて行った方が良いだろうか、とポノが呟き考えると、ケットシーの耳がぴくぴく動いて、ぱちっと目が開く。藍の瞳はラピスラズリのような色だ。
「?」
じっとポノを見つめてくる。どこか不思議そうな顔で。
「ケットシーさん?」
「?」
呼んでもやっぱり不思議そうな顔。一瞬、誰かを探すように藍の目が彷徨ったが、すぐに視線はポノへと向けられた。
「ケットシーさん」
今度は瞬き一つ。「何」と応じられたかのよう。
「私の言葉が分かる?」
うん。
エルフの耳でもようやく聞き取れるくらいの、小さな小さな声だった。
「ケットシーさん」
「?」
藍色でありながら、真っ白――いや、まっさらな眼差しであった。ここがどこかとも尋ねない、自己の認識に数瞬掛かっている、ポノの声や動きを見てすべてをあるがままに受け入れている。嫌な予感再び、だ。
「お名前、分かる?」
「記憶喪失ですね」
「やっぱりー」
テーブルに乗るケットシーを診た治療師の端的な言葉に、呻き声を上げるポノ。
「体の方は衰弱しているので、良く食べて良く寝てと良く休めば回復していくでしょう」
問題は記憶のほう。いつ戻るかは分からない、明日かもしれないし、一生失くしたままかもしれない。
治療師の説明には頬が引き攣ってしまう。
「ですよねー」
(「UDCアースのネカフェってところで、そういうドラマとか映画いっぱい観たー」)
一時期、テレビにどハマりしていたポノであった。手に入れた端末にはお気に入りの映画もダウンロードしていて、アックス&ウィザーズに戻ってもバッテリーがもつ限りは視聴できる。
(「その中に猫の番組もあったなー。ひたすら色んな町の猫を撮ってるやつ。あれで何とか……いやいや……一応、今度ちゃんとした猫の飼い方みたいな本でも買っておこうかな」)
わざわざ訪ねてきてくれた治療師を見送り、さて、とポノは椅子に座った。
ケットシーはテーブルの上。
女の子だろうなとは思っていたが、正式に「女の子」だと判明した。赤ん坊用のケープを羽織ったケットシーは大人しく座っている。
「ケットシーさん、私は名前はポノっていうの。ポノ」
「ぽの」
「これから一緒に暮らすことになるわけだけど、ケットシーさんにも名前が必要でしょう?」
「なまえ? は、ケットシーさん」
「あ、うん、ごめんそうじゃなくてー、それは種族名ってやつなのね」
このへんは追々やっていきましょう、とポノは言い聞かせて。
テーブルに肘をつき、手を組んで顎を乗せた。考える。
「名前、私が決めた方がいいんだろうなぁ。う~ん、族名は……冬の原で見つけたから『冬原』かしら」
まっしろでまっさらな猫(あなた)は、これからたくさんの世界を知って想いを知って、自分の彩りを描いていくのだろう。
「そういえばサムライエンパイアにいろはうたっていう口遊があったわね」
まだあまり行ったことはないが、そのうたは一番に覚えた。
「そうね、イロハっていうのはどうかしら? イロハさん」
そう呼んだ時、静かにポノを伺っていたケットシーがぱあっと満面の笑みを浮かべた。
それからは、二人なのか一人と一匹なのか、分類できない共同生活。ポノの動きを真似して、冬原・イロハ(f10327)は『暮らし』を学んだ。それなりに覚えも早く、スポンジのように様々なことを吸収していった。世界に順応しようと頑張っている。
ダウンロードしておいた猫の動画を見せた時は、ずっとそれを見続けていた。
「ねこは私!」
「そうね、イロハさんは猫の姿をした妖精の一種で……」
「猫」
幸か不幸か、この時、二人にはちょっとした認識のズレが起きていた。イロハは自分を猫だと思った。合ってはいるが合ってない。
本物の猫を自身以外に見たことはないが、とてもしぐさが愛らしい。イロハも真似をしてみたが、何となくポノと暮らす上では非効率であった。
自分はやらないことにしたけれども、おともだちの猫はそのぶんかわいがろうとイロハは思った。
そんなある日のこと。
「イロハさん、毛並みがごわごわになってきたわね……うーん……石鹸が合わないんだろうなぁ」
ポノがイロハの毛を梳りながら呟く。
「……ごわごわ……」
ブラッシングを受けながら、何となく傷付くイロハ。後になって気付くことだがこれは乙女心所以のもの。
「う~~ん……ねこちゃん用のシャンプー……も、ケットシーには合わない気もするなぁ」
イロハを拾ってからというもの、同じ種族がいないかと周囲を気にかけていたポノであったが、ケットシーはこの辺りにはいないようだ。
細かいことを言えば櫛も人間用なのでやはり種族専用のものが欲しいところ。
「よし。アルダワ魔法学園に行ってみましょう! あそこならケットシーのための石鹸や櫛とかの生活雑貨があるはず!」
これと決めたポノの行動は早い。これにいつもイロハはついていけない。
いつもの鞄に換金用の宝石袋を投げ入れ、ポノが芽吹き帽子を被る。香椿の羽葉が鮮やかだ。
「イロハさんはどうする? 外出用の服は先日仕上げたけど――」
ポノの言葉にイロハは首を振った。この家と、周辺と、近くの町と、少しずつ行動範囲をポノと一緒ではあるが広げてきている。けれどもたくさんのことを目にした夜は熱を出してしまうのだ。
たくさんを一気に学ぶのはたいへんだ。
「そう? それじゃあいってくるわね」
「い、いってら、しゃい……!」
咄嗟に投げられる言葉へ、すんなり返すこともまだ出来ない。
出て行ったポノが見えなくなるまで、ゆっくりと手を振って見送ったイロハは扉を閉めた。
「…………」
家の中はシーンとしている。
ぱちぱちと暖炉の火が爆ぜる音。胸とかお腹がぞわぞわした。
イロハは自分用の毛布を抱えて暖炉の前に。ポノが買ってきた『ねこの写真集』を開く。何度も何度も開いたせいか、ページの端はよれよれだ。
子猫が暖を取るように集まっている写真のところまで捲り、うつ伏せに寝転んだイロハはそのページに顔を寄せる。
暖炉と毛布と写真。
こうしているとあったかいような気がした。
・・・続・・・
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