【研究職リアリティ小説】会社に入ってみたものの 第1話

研究職がホワイトってま?

 社会人一年目の夏。就職して初めての夏休みに学生時代の同期三人で集まるってのも何か大人になったみたいでいいもんだ、などと呑気に構えている身長178cm/63kg、何事も人より若干出来るが取り柄の男、その名をジュンは思った。
 ジュンが立つのは新宿駅前東口の電気屋の看板が見える街路樹の下。手持ち無沙汰にスマホでするのは最近はやりの位置情報キャラクターゲーム。
「おっ、チッチじゃん」
 画面に映るオレンジの猫のような狸のようなだけど青いお腹の愛くるしいキャラクターを眺めながら呟いた。
「そのゲームまだやってんの?暇だねぇ」
 ディスプレイを横から覗き見るのは、たった今到着した本日唯一の女子、チトセ。
「おー、久しぶりじゃん。変わんねーな」
「半年で対して変わるわけもないでしょ」
「相変わらずそっけねーな」
「うっせーぞ、ジュン」
 男社会で過ごした時間が長いからかチトセは男言葉に慣れている。

 ジュンとチトセ、それに遅刻しているもう一人の参加者トールと三人はこの春まで都内の国立大学の工学部で同じ研究室の同期だ。理系学生の例にもれず、学部から修士で同じ研究室に進み、そのまま三人ともそれぞれ違うメーカーに就職した。日本中の研究室で見る光景だ。
 この三人、学部からの腐れ縁ということもあるけれど、馬が合うのか大した喧嘩もなく今まで付き合いが続いている。社会人一年目の夏休み、三人とも近場に住んでいるわけでもないのにわざわざ集まるというのも仲が良い証拠だろう。
「どうよ、チトセ。久しぶりの名古屋は。慣れた?」
「慣れたも何も地元だからね。少ない理系友達と仲良くやってるよ。あと実家住まいはマジで潤う。」
 そういいながら手にしたのはブランド物の長財布だ。チトセが住むのは名古屋市内の実家の一部屋。昔、酒の勢いで聞いたところじゃ実家からどうしても出たかったから、予備校の全国模試で名古屋にある有名大学のA判定を取って初めて都内大学の受験が許されたらしい。チトセ曰く大企業務めの人間が多い名古屋じゃそんなの普通とのこと。それを聞いて、言っちゃ悪いが名古屋ってのは窮屈そうだなと思ったのを覚えてる。
「おっ、来たぞ。ミスターファストファッションが。」
 チトセの視線の先で信号待ちしてるのが最後の参加者トールだ。
「わり。遅れた。」
 落ち着いた口調で二人の間に入ってくる。こいつとは学部時代に二人で雀荘に入り浸った中だけど、慌てた姿をほとんど見たことが無い。常に冷静沈着。自分もこうなりたいと思ったもんだ。

「じゃあ、行こう。」
「今日の幹事はジュンだもんな。」
 トールが歩き出したジュンの背中を眺めながら言う。
「今日の肉は何かなあ♪」
 チトセに食い物を選ばせたら一番体積のでかい肉になることを知っている。
「この肉奉行に任せなさい。」

 数分歩いてジュンが入っていったのは雑居ビルの2階。看板を見てチトセが思わず呟く。
「よりにもよってトリカかよ…」
 格安焼き鳥で有名な大衆居酒屋「鳥華族」。焼き鳥30本セット驚異の2680円。学生御用達のやつ。
「まあ、俺はビールがあれば何でもいいけどな。」
 トールが店の自動ドアを開けて中に入る。

「じゃあ、とりあえず生3つで!」
 ジュンが勢いよく注文し始める。
「あとは、この炭火で焼いた極上焼鳥10本盛りと、・・・・・」
「どうだ、名古屋は?」
 トールがジュンと同じ質問をチトセに投げる。
「さっきも聞かれた、それ。地元だからまあぼちぼち。でもまあ、思ったよりは忙しくない。」
 本当か?というように目を丸くしてトールが聞く。
「そうなんか。自動車メーカーの製造なんか無茶苦茶忙しいのかと思ってたよ。」
 チトセが働くのは名古屋に本社を置く世界に冠するZ自動車工業。実家から通える圏内で探した就職先が世界最大規模の自動車メーカー正社員というのが憎らしい。ちなみに、この中ではチトセだけが関東以外の出身、ジュンとトールは地元が関東。今回はチトセが東京の友人に会いに来るというからその日程に合わせてこうして集まっている。
「入社してから気づいたんだけどさ、女子枠採用だと思うよ、私。うちの会社だけじゃないと思うけど女性活躍~とか言ってさ、女性管理職とか増やそうとしてんのよ。で主に事務系とか研究職とかだとそこそこ女子いるんだけど、製造ってなかなかいないっていうか、わざわざ製造したがる女子社員とか絶滅危惧種じゃない?私はまあ元々車好きだしいいんだけど、モノ作りするところ見れて楽しいし全然不満無いんだけど、なんとなく、ね。お客様感?見たいのは感じるよね。」
「そか、大変な。」
 トールが伏せがちなチトセの頭を見ながら頷く。
「嫌なことあったか?」
 チトセが伏せた目をあげた。トールはいつもこちらの考えを見透かしてくるようなところがある。
「大層なことじゃないよ。ありがと。」
 チトセは笑うとえくぼが出る。
「あ、あと、もつ煮もよろしく。480円?安いね。」
「安いでしょう?お肉はちゃんといいやつ使ってるよん!」
 いつの間にやらジュンは店員の女の子と親しげに話している。
「じゃ、それでよろしくね!」
「店員さんに絡むの辞めろよ?」
 トールの注意を意に介さずジュンが含みのある顔で答える。
「そんなことしないわ。で、トールはどうなの?最近。仕事慣れた?」
「俺?まーね。仕事はまあ慣れたかな。面白いかっていうと微妙だけど。」
 トールが就職したのは関西に拠点があるY精密。10年以上連続増収!高利益率!時価総額〇兆円!日本を代表する電子部品の雄だ。トールはこの大企業で新しい製品の製品開発担当として忙しい日々を過ごしているらしい。
「電子部品ってどんなの扱ってるん?スマホに入ってるやつ?」
「あー、まあ入ってるかな。」
「コンデンサとかセンサとかそういうの?」
「機密事項です 笑。そういうジュンこそどうなんよ。楽しくやってんの?」
 ジュンの職場はX電気。こちらも日本を有数の電気メーカーで、ジュンは都内の研究所で研究職。
「楽しいよ!研究室の頃から比べたら実験してて給料もらえるなんて最高よな。それに、合コンで受けいいし。」
「好きだねぇ。お前彼女いいんじゃなかったっけか?」
「今は、」
 と言いかけた時、例の店員が大皿にたんまり盛られた焼き鳥を両手に抱えて向かってきた。
「ご注文の十本盛りにねぎま、ぼんじり、ハツ追加です!あっすいません。」
 見るからに唾液が出そうな焼き鳥が店員さんの手から落ちてジュンの腕にぶつかる。
「あち!」
 店員はすでにそこにはいなかった。
「大丈夫か?」
「おけおけ、まあ良くあるっしょ。」
「お前がしつこくするから怒らせたんじゃねーの?」
 笑ってジュンが受け流す。

 しばらくしてジュンがトールに聞く。
「トールさ、英語得意じゃなかったっけ?参考書とか何使ってるん?」
 声がでかい、というか主張が強いのはジュンだが、実はトールの方が難でもそつなくこなすことは周知の事実。
「英語?そな。とりま公式問題集よな。あれ10回解いたらぐっと上がるで。」
「それみんな言う~。同じの何回もやるとかよく続くよな。」
「どしたん?海外転勤でも決まったか。」
 鼻の穴を膨らませてジュンが答える。
「それがな、海外で学会発表するって話が出てるのよ。」
「へー、そんなに研究進んでんのか。すごいじゃん。」
「いやま、最近先輩が一人会社辞めちゃってさ、2カ月後アメリカで学会発表する人いなくなって、俺が?候補者みたいな。」
「ふーん。良かったね。TOEIC何点だっけ?学生の時より良くなったん。」
 就職活動の時、研究室の机の上に置いてあったエントリーシートに書かれたTOEICの点数460点を思い出し、トールとチトセは目くばせする。
「まあ、50点くらいは?」
 思わずチトセが呟いた。
「研究職がホワイトってマジなんだ…」
「ん?どした?」
「いやなんでもない。」
 流石の愛想笑いに、トールにも笑みがこぼれる。
「それにしても企業で学会発表ってするのな。俺らが良く出てた機械学会とかで企業ってほとんど見なかったよな?」
「そこは正直不思議よな。なんか光学系の学会みたいなんけど、海外でやるやつだと半分くらい?企業の人が発表する学会があるらしい。」
「共同研究とかじゃなくて?」
「うん。なんか横ででっかい展示会も開いて学会発表から展示ブースの宣伝するんだと。面白いよね。」
「へー、そんな世界もあんのな。」
「トールの会社は?開発だとそういうのないの?」
 悪気が無いのは分かってんけどちょいちょい鼻につくのがこいつよななど思いながら答える。
「うちは無いかなあ。守秘義務がすごいのかね?分からんけど。ま、その学会興味あるから来年詳しく教えてや。」
「だいぶ先だな。チャットで送るわ。」
 黙々とぼんじりをビールで流し込んでいたチトセが口を挟む。
「ジュンの職場はどんな雰囲気?」
「ん?まー、和気あいあい?な感じ。あんまり残業する人もおらんのよな。定時にはほぼみんな帰ってる。さっきも言ったけど研究室の頃と比べたら天国よな。」
 何か言いたそうな顔をしているチトセを横目に見ながらトールが言う。
「残業代あんま出なそうやな。」
「それ!飲み過ぎて金ないんよ!」
 ジュンとトールが笑いあう。

 トイレに立ったジュンを見送ってトールがチトセに聞く。
「ホンマにどうしたん?明らかに元気ないよな?」
「おい、これ以上イケメンすんのはやめてくれ。」
 チトセにとっては最上級の誉め言葉だ。
「本当になんもないよ。ただ、私はそんなに仕事ないんだけど、周りは結構忙しそうで…明らかに顔色悪い人もいるんだよね。ジュンの会社とこうも違うんだって思ったらちょっと、ね。」
「あいつ、空気読めないところあるからな。俺はな、人生楽なのも辛いのも交互に来るもんだと思ってるから辛いことがいつまでも続くわけないと思うよ。」
「そうなるといいけど。ありがと。」
「ま、まだ仕事始まったばかりだしな。ゆったり行こうや」
 トールが笑った。
「それにしてもジュンのやつ、おせーな。先に会計済ましちまうか。」
 そういってレジに向かったトールとチトセだが、レジにはジュンが先ほどの店員さんと親しげに話している。
「トール、ジュンの指見てみて?」
 良く見ると、ジュンとその店員の指にはペアリングが光っていた。こちらに気が付いたらしいジュンは照れくさそうに言った。
「この子、今付き合ってんだ。」
「リア充爆発しろ」
チトセの呟きがトールの耳からいつまでも離れなかった。
(続く)

あとがき

初めての方もそうでない方もこんにちは。Nekoaceと申します。
普段はXとかブログで若手社会人に向けたキャリア論とか大学院などの情報発信をしています。
今回、思うところあって物語を書き始めてみましたがいかがだったでしょうか?

とりあえず一話書いてみただけなので、十話まで構想はあるのですが、多分続きも書くと思います。読んでみてコメントあったらお願いします。

最後に、今回の舞台は焼き鳥屋。きっと唾液じゅるじゅるしてるものと思いますので、ビールと焼き鳥のリンク貼っときますので良かったらどうぞ。
チトセに頑張ってほしいので名古屋コーチンにしときますね。

控えめに行きたい方はぼんじりだけにしときましょう。白いご飯もこれでばっちり食べられます。

最後に、これも名古屋の地ビールね。赤味噌ラガー!おいしいよ!

では、また会いましょう。

Nekoace



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