珈琲関係②
青柳さんが初めて来店してから、もう1年以上が経つだろうか。カウンター席を陣取っては、飽きずによく喋っていた。彼女が通い始めてから2週間が経った頃だっただろうか。梅雨の時期で、小雨が続く日の出来事だった。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは、マスター」
「青柳さんじゃないですか」
「へへへ、また来ちゃいました」
「今日はお席どうされますか?」
「カウンターで。お話しがあって来たので」
「今日もお話しですか」
「まあたいしたことじゃないんですけど」
「聞きますよ。とりあえず空いてるところ座っちゃってください」
「ありがとうございます。あっ、ホットコーヒーをお願いします」
「わかりました。少々お待ちください」
注文を受け、豆を挽くところから始める。機械で淹れるコーヒーも最近は美味しくなったが、やはり自分の手で淹れたほうが断然美味しい。それが私のこだわりであって、飲んでもらうなら最高のコーヒーを出したい。お金を払ってもらっているのだから、そうするのは当然だと思う。
「マスター、この仕事初めて何年経つんですか?」
「かれこれ24年かな」
「すごいですね。ちなみに今はおいくつなんですか?」
「今49で、今年50歳になります」
「えー、全然見えないです。もっとお若いと思ってました」
「そうですか?いやー、年はとりたくないものだよ」
「ほんとそうですよねー」
こんなどうでもいい話しをしていたら、気づけば抽出も終わっていた。
「はい、淹れたてのコーヒーです」
「ありがとうございます。じゃあ早速いただきますね」
「熱いのでお気をつけて」
私の言葉を無視しつつ、一口。
「あっつ!やっぱり熱かったです。いけるかなって思ったんだけどなー」
「落ち着いて飲んでください。時間はあるでしょう」
「はい。この日のために、時間をたっぷり作って来たので覚悟してください!」
「あの、他のお客様も対応しないといけないので、ほどほどに」
「なら話し終わるまでずっといます」
「え?」
このあと悪い展開になることが直感でわかった。だが、カウンター席に座り話す気満々でいる彼女を目の前にした私は、もはやどうすることもできなかった。
「それで話しというのは」
「男の人って、バカですよね」
開口一番この発言に対し、心のなかで「あれ?」と疑問に思うことがよくある。そう、彼女は意外と口が悪い。
「それ、男性の私に言います?」
「マスターはバカじゃないですよ」
「ならいいんですけど」
「例えば、自分のほうが上手でくる男子いるじゃないですか。あれ嫌いなんですよね」
「というと?」
「プライドが高い人なんだなって思っちゃうんです」
「そうですか?」
「別に悪くはないですけど、それを女性に向けてどうするんですか」
「自分のことをカッコよく見せようって思うんですよ、男性は」
「まずその時点で無理です。別にカッコ悪くたっていいじゃないですか、それで嫌いになる女子のほうが最低ですね」
「なかなか強気に言いますね」
「それから、ベタベタしてくる男性は嫌いです。あと付き合い出したら急に甘えだす人も」
「嫌いな人ばっかじゃないですか」
「違うんです。私からも何かアクションを起こしたいんです」
「アクション?」
「例えば自分からデートに誘うとか」
「女性からするって珍しいですね」
「そんなこともないですよ?」
「積極的な女性はいいと思います。でもどうしてですか?」
「なんか演出したくなっちゃうというか。せっかく巡り合った恋なんだし、自分の理想を彼に付き合ってもらうのもいいじゃないですか」
「たぶん、世の中の男性は大喜びすると思いますよ。すごくいいじゃないですか」
「でも履き違えてほしくないんですけど、都合の良い女では決してないですからね」
「自分なら感謝します」
「世の中、そう思ってくれる男性も少ないですから」
「そうなんですね」
「女性はみんな気づいてないフリをしているだけで、見抜いてますからね。ほんと調子乗ってほしくないです」
「それって男性に対する偏見なのでは?」
「いいや、そんなことないです。もっと女性に対して、誠意を見せてほしいんです」
「精進します…」
「だから、マスターは大丈夫ですって」
フフフと笑った彼女はコーヒーを飲んで息を整え、次の話題を始めた。
「『社会に出て、この勉強何の意味があるんですか?』っていう人いるじゃないですか」
「いますね」
「率直な意見なんですけど、馬鹿じゃないですか?」
「またですか。言葉を選んだほうがいいですよ…」
「すみません。でも、事実じゃないですか」
「勉強が苦手な人だっていますよ」
「そうじゃなくて、『将来、何の役に立つんですか?』って言い訳にしてる人が馬鹿だなって思うんですよ。別に勉強ができないことを悪いだなんて思ってないです」
「本当ですか?」
「本当です」
「ならいいですけど」
「自分の将来に必要な知識は最低限頭に入れておいたほうがいいし、必要のないことだとしても、仕事を効率的に進めるには頭の回転が早いほうがいいです。容量よく仕事をするには、容量よくできる発想が必要だと思います。なので、効率よくする思考力はほしいですよね。と言っても、感覚だけで生きる天才肌な人もいますけど」
「以前、青柳さんは自分のこと哲学者っぽい人だって話してましたけど、ただの常識人ですよね」
「そんなことないです。いわゆる哲学的な話題をしてないだけであって、今は前座みたいなものです」
「えっと、それは…」
「私はまだ何も話してなんかしていないです」
「まだまだ続く感じですか?」
「さあ、今日は長いですよ」
手を「パン!」と叩いて音を立て、意気揚々とした様子で私のことを見ている。
「あの、ここは居酒屋とかバーじゃないので」
「だって、話しを聞いてくれるって言ったから」
「言いましたけど、何事にも限度ってものがあるじゃないですか」
「まあまあ。ちょっと聞いてくださいよ」
「わかりましたよ…」
彼女は深呼吸をして気持ちを整え、話し始めた。
③に続く
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