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猫の毛づくろいは人間の入浴時間より長い

仕事に追われて記録できていなかったが、猫との距離は少しずつ詰まってきていた。昨日までは。

まず猫は、ごはんを残さなくなった。
最初は全然食べなかったごはんをだんだん食べるようになった。好きなごはんもわかってきた。ちょっと残しちゃんと呼ぶほど毎回ほんの少しだけ残していたごはんを、全部きれいに食べるようにもなった。
おかげで毎日ごはん量の計算が楽になったし、排泄の回数も安定した。日々トイレの回数を記録をしているメモを眺めては、不安定だったはじめの頃を思い出し、ここまで来たかと感動している。

そして猫は、隅っこから出てきて寝るようになった。
カメラに映るところで寝てくれるので、朝起きてまずカメラに録画された猫の夜間の様子を見る。仕事に疲れたときにアプリを開いては、まだ寝てる…と心配もしている。
猫は、人間が朝「お昼にたべてね」と出して出勤していくカリカリを速攻で食べ、その後は夕方までずっとバリバリボウルで寝る。そして起きたらトイレに入り、爪を研ぎ、今度は爪研ぎの上で寝る。細長い爪研ぎから尻をはみ出させて寝ている。猫はちょっと太ってしまった。だからはみ出る。運動のためにも一緒に遊びませんか?という人間の誘いを無視するから太るのだ。
まあ許容範囲なので今はまあ…。

さらに猫は、人間が隣の部屋でウロウロしていてもいちいち隠れなくなった。
部屋の間は戸を開け放ち、ワイヤーネットで作った柵を立てかけているだけだから動き回ると姿が見えるのだが、最近は気にせず寝ている。
猫に部屋を明け渡したせいで布団や洗濯物やらで溢れかえったリビングを、布団を抱えてウロウロしても逃げない。これは少し嬉しい。
朝などはそっちの部屋に入るよ入るよ!逃げなくていいの!?と言いながら柵に手をかけるとようやく重い尻を上げて隠れに行くのだ。
トイレを片付け、ごはんを持ってくるねと声をかけ、キッチンでごはんの準備をしている間などは待ちきれずに柵の前まで様子を見に来るようになった。
人間に、人間との生活に慣れてくれている。
少しずつだけど、それでいいんだ、私たちはこの距離をゆっくりじっくり、無理なく縮めていくのだ。
そうしていつか、仲良くなる。
そう思っていた。昨日までは。

猫の爪が伸びているのは気がついていた。
猫が部屋を探索中にうっかり部屋に入ろうとしてしまった時などに慌てて逃げて行く足音が、カチカチ聞こえると思っていた。
爪を切れるタイミングはいつになるかななど、呑気に考えていた。

猫の部屋の窓際に、ずっとベッドを置いている。
部屋の奥のバリバリボウルもいいけど、陽当りのいい場所でふかふかのベッドで寝るのもいいと思う。
そう話しかけながら、いっこうに使用されないベッドを邪魔だなと思っていた。
しかし昨日、見守りカメラの死角に移動した猫がなかなか戻ってこないので、カメラを左右に動かし探してみると、窓際のベッドからかすかに耳が見えていた。
使ってくれたんだ!と嬉しかった。邪魔だからと撤去しなくて良かったと感動した。
夜になり、そこから出ようとした猫がもごもごぐねぐねしているとは思ったが、深く考えなかった。
その時にちゃんと見ていればよかったのだが…。

猫がベッドを使った記念日である一昨日の翌日である昨日、いつも通り人間が出勤した後猫は速攻ごはんを食べ、再び窓際のベッドに向かった。
リアルタイムで見ていたわけではないのでお尻しかカメラに写ってっていなかったが、猫は、ベッドの様子をうかがい、いざ入ろうと前足を踏み出し、そしてベッドと一緒にすっ飛んできた。
ベッドはカメラの目の前にある爪研ぎの上に着地し、部屋の隅に駆け込んでいく猫の姿を遮った。
ベッドは表面がメッシュのような生地でできている。
爪が引っかかり、手が離れなくなった猫が慌てて振りほどいた結果なのだろう。私はその日、カメラに映る猫の姿を見ることができなくなってしまった。
しょぼくれながら働いていたが、夜になって猫が起きたのか、スマホに“動きあり”と通知があった。
そそくさとアプリを起動し映った部屋の中、カメラの真ん前にあったはずのベッドは位置を奥に移していた。猫の姿は見えなかった。
不思議に思い、録画を見てみると、爪研ぎの上に不安定に乗っていたベッドに入ろうと手をかけた猫が、一瞬何かに気を取られて静止した。猫の体重はベッドの外周の立ち上がったところにかかっていたのだと思う。
次の瞬間不安定なベッドは猫の体重によりひっくり返り、慌てた猫は本日2度目の撤退をしていった。
それ以降、猫が出て来る姿は見れなかった。

私も慌てて仕事を終わらせ家に帰り、今日は大変だったねえなど声をかけながら部屋を片付けごはんを出したが、いつも速攻食べに来る猫は、しばらく出てこなかった。
せっかく良い寝床を見つけたのにこんな事になってかわいそうに、傷付いただろうな、爪が引っかかると気付いていれば…とベッドには布をかけた。
今は驚いているけど、人間が寝たらいつものように出てきてバリバリボウルかベッドで寝るだろうと思い、早めに就寝した。

猫は一晩部屋の隅で過ごしたようだ。
一ヶ月前に逆戻りだ。
確実に詰まっていた距離は、また広がった。昨日ひどい目にあったのは人間のせいだとでも言いたげな目でこちらを見てくる。
まあ、そのベッドを置いたのは私だから、人間のせいではあるのかもしれないが…。

現在、仕事と同時に私を追い立てている引っ越しの予定について考えると、気が遠くなりそうだ。
臆病で、傷付きやすく、繊細な、私の大切なこの猫は、知らない家でいったいどうなってしまうだろう。そもそも引っ越しのために捕まえなければならないのだが、どうやって…?また全てを人間のせいにするのはいい、だいたい人間のせいだから。でもあまり嫌わないでほしいのだ、悲しいから。いや、人間のことは嫌っても、ごはんは食べてトイレもちゃんとしてほしい。
そればかり考えてしまうが、そもそも引っ越しはまだ決まってはいないのだ。

最後に、写真は朝起きたら何故か爪研ぎの上に塊で落ちていた猫の毛だ。すっっっごく毛が抜ける猫だ。はやくブラッシングしたいものだ。


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