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午前3時の熱 第四話 決断

 そんな事があってから、私たちは由幸からいろいろな嫌がらせを受けたが、何とかやり過ごすことができた。
 夏が来た。充が夏フェスに出演すると聞き、義男さんがお店で出演祝いを開いてくれた。
「義男さん、本当にすいません。ありがとうございます」
「良いんだよ、俺、本当に嬉しいよ」
「はい! 俺もくそ嬉しいッス!」
と言って抱き締めあった。
 その他にも、メンバーやスタッフや商店街の皆が集まっていた。
 その声は外まで漏れ聞こえている。私は仕事で遅れて参加した。
「すいません、遅くなってしまって」
「おっ、嘉菜さん、こっちで呑んで!」
「ありがとうございます。私はこちらで大丈夫です」
とカウンターの隅で呑んだ。
「充、呼ぼうか?」
「いえ、盛り上がっているようですから」
と肩を竦めながら言った。
「嘉菜さんは、充と付き合ってるのに良いのか?」
「はい、私は裏方で充分です。ところで、義男さんに少しお聞きしたいことが」
「何だ? 充の浮気? してないぞ、あいつは不器用だから」
と笑った。
「違うんです。私、充の事を知りたくて」
 そうだ。あの時、充が語ったのはほんの一部。
 この間、商店街で買い物をして、また充の祖母の店へ向かった。祖母の体調も気になったからだ。いつものように血圧を計り、他愛のない話をしている中に、充に兄弟がいた事を聞いた。それが気になった。
「充のお婆ちゃんから聞いたんですが、充には兄弟がいたんですか?」
「えっ……」
 義男さんは、私を二度見した後、ゆっくりと深呼吸をして話し出した。
「嘉菜さんはどこまで知ってるか知らないが、嘉菜さんは口が固いと見て話すな」
と言って静かに語り出した。
 充の家族は父親、母親と二つ下の弟がいた。家は小さな割烹料理屋だったが、充が七歳の頃、人に騙されて潰れて借金だけが残った。父親は、酒とギャンブルに明け暮れ、借金は膨れ上がる一方だった。母親は、店の借金を返済するため、パートを掛け持ちし、夜も水商売の仕事に明け暮れた。
 充と弟と父親とで過ごす時間が長くなる毎に、父親は充たちが自分を馬鹿にしていると思い込んだ。自分が上手くいかない気持ちや、苛立ちを充たちにぶつけるようになった。
 最初は母親が庇っていたが、とうとう見て見ぬふりをするようになった。そんな時期が二年ほど続いた。充は弟を暴力から守るため、庇うように覆い被さったり、時には連れ出して義男さんの家や外で遊ぶようになったそうだ。
 だが、充の弟は体が弱く、夏でも熱や喘息にかかったりしていた。その日はとても暑い日で、日差しが強くじりじりと地面に照りつけていた。夏休みでいつものように、弟を外へ連れ出したかったが、朝から弟の様子がおかしく、高熱を出して歩くことも出来なかった。母親は、もう出勤していない。父親は、まだ家に帰ってきていなかった。またどこかで呑み歩いているんだと思った。「大丈夫か? 何か飲むか?」と問い掛けたが、弟はその問い掛けにすら、薄くしか反応しない。
 充は、水を与えたが咳き込んで飲めないようだった。扇風機から出る熱風が二人を包んだ。充は氷を口に加えさせたり、濡れタオルを替えたりとしたが、熱は夜になっても一向に下がらなかった。父親が呑み明かして帰って来た。
「お父さん……」
「なんだ、またお前はそんな目で俺をみるのか!」
と茶碗を投げる。
 充は、そんな父親に何も言えなくなり、急いで弟を背負い、裏口から逃げ出した。今でも充には弟の重みが背中に残っている。そんな事を思いながら、急いで掛かり付けの病院に向かう。走っている間、弟は口を一言だけ呟いた。
「に、兄ちゃん、またブランコに乗りたい」
「の、乗りにいこうな!」
と言って充は力一杯走った。
「先生、先生! 助けて!」
と閉まっている戸を力一杯殴る。すると明かりがついた。
「何だ、浜辺さんちの」
「助けて…弟が」
先生が背中にいる弟を見た時には、息をしていなかったそうだ。
「危険な状態だ!」
と言って救急車を呼び、総合病院に運ばれたが、弟は手遅れだった。充は泣きながら弟の側を離れるのが事が出来なかった。すると、安置室に母親が慌てて入ってきた。
「ど、どうして……お父さん、お父さんは?」
「呑み行っていなかった」
「そんな……あんたはいたのよね?」
「何時もみたいに、薬を飲ませたら熱が下がると思ってた」
「た、対処はしたのね?」
「うん、でも苦しみだして。お父さん、帰ってきて……また茶碗を投げたから裏口から……」
と言った時に充は大声で泣いた。それまで頑張って耐えていたものが一気に溢れだして部屋から飛び出した所に義男さんがいたそうだ。父親が連絡を受けてきた時には、母親は項垂れながらベンチに座っていた。
「それから母親は自分のせいだと感じたのか、体調を崩してな。充が中学生になった頃亡くなった」
「そ、それでお父さんは?」
「親父さんの方は、どうにか仕事が見つかって、仕事を初めてからは暴力を振るわなくなったけど、充は弟と居たあの家が、トラウマになったのか、ばあちゃんと、暮らすようになったんだ。だから、高校卒業までばあちゃんちで暮らしてた」
「そうだったんですか。今は関係は良好なんですか?」
「うー、それを言われると難しいが、親父さんはそれからは改心して、またお店を始めたから後継げば良かったのにってね」
「そんな事があったんですね」
「ショック受けたかい?」
「まぁ……教えてくださってありがとうございます」
と言って皆の和の中心にいる充を見つめた。
 充が作る曲は、どこか少し寂しく感じることがあった。その原因が少し解った気がしたが、私はこの話を自分の胸の奥にしまい込むつもりだ。
 どんなことがあっても、私は充の一番の味方でいようと誓った。すると、充は何も知らないような、子供のように手を挙げて、私に駆け寄る。
「嘉菜! 来てたなら声かけてよ」
「ごめん、盛り上がってたから」
「あっ、ごめんよ」
「全然、私は大丈夫。それより、皆待ってるから」
と言って充の手を握った。
「嘉菜も行こうよ」
「で、でも……」
「良いからさ」
と言って私の手を引いた。
 その手は暖かくて、辛さも、悲しみも全部包んできたこの手は、私にはか細く、でも大きく感じた。
「俺の彼女です!」
「あれ、充は彼女作んないって言ってなかった?」
とメンバーの一人である良平が言った。
「嘉菜は特別なんだよ!」
「ふぅん、充の心境も変わったか」
と良平の彼女、未来が言った。良平はベースを担当し、ドラムは正也が担当していた。正也の彼女、佳子はバイトらしく来れなかった。
「天見嘉菜です。よろしくお願いいたします」
と固く挨拶すると、皆は驚きと、笑いが巻き起こる。私は不思議そうな顔をしていると、未来が私の手を取って微笑んだ。
「よろしくね。嘉菜ちゃん!」
と言った。すると、口々に挨拶した。
「あんまり敬語とか難しいことわかんないからさ、固くならないでね」
「はい、よろしくお願いします」
「やめやめ、敬語禁止!」
と皆笑った。

 それから未来とかなり仲良くなった。未来は看護師をしていた。高校の時に一つ上だった良平に恋をしたが、高校生の時にはなかなか思いを告げることができず、専門学校を卒業後、町の総合病院勤務をしていた。でもずっと良平への気持ちが遠退くことはなく、ライヴに行くようになって未来から告白し実ったそうだ。

 良平は充と同い年で、高校の時に出会った軽音楽部に入部したときはギターを担当していたが、充の歌詞とギターを聞いたときにベースを担当すると決めたらしい。
 正也は、充と中学からの同期生で充が軽音楽部に誘ったのがきっかけで、ドラムを担当している。比較的、正也の家はお金持ちで、音楽を辞めさせるために大学へ入学させたが、辞められず、バイトをしながら続けていた。正也の彼女、佳子は正也のバイト先で、知り合った大学生だ。
「充は才能があるんだよなぁ。」
とほろ酔いになった良平が煙草を吸いながら呟く。
「そんなことねぇよ。まだメジャーに行った訳じゃねぇし」
「いや、昔からお前は天才肌で俺はそれが羨ましかった」
「何、言ってんだよ。俺は凡人だよ」
「馬鹿言うな」
と二人で笑った。正也は私に話しかける。
「充は個性派で着いていくのに必死だけど、一緒にいて楽しいんだ」
「私も充と一緒に居て楽しいです」
「こんな綺麗な人となぁ~」
「なんだよぉ~正也!」
と充が近づいてきて、じゃれついた。子供のようでなんだか楽しくなった。
「じゃあ、また明日練習だからなぁ!」
「お!」
「頑張れよ!お前ら!」
「はい!」
と言って義男さんの店を後にする。私は遅れて外へ出た。
「義男さん、今日はありがとうございました」
「良いって嘉菜さん」
「で、でも」
「言っただろう? 充と俺は兄弟同然だって!」
「ありがとうございます」
「嘉菜さん、充をよろしく」
と言って微笑んだ。
「嘉菜!」
と充の呼び声に反応しつつ、義男さんに頭を下げた。今日の充はかなり酔っていて、よろめくように私の体に凭れる。
「嘉菜、俺は凡人だよ。俺は、なんの才能もない。あいつらや、嘉菜に助けられてここまで来た。だから、俺だけの力じゃないんだ」
  「貴方には才能があるけど、貴方の才能を見つけてくれた皆に感謝ね」
「うん」
と酔っぱらいながら返事をした。

 真夏の太陽が照りつける夏。夏フェス当日がやって来た。私はいつもより早く目覚めた。今日は朝食も気合いをいれた。それを悟られないように、いつものように観葉植物に水をやる。紅茶が沸き上がった頃、充は微睡んだ顔で起きてきた。
「嘉菜、おはよう」
「おはよう、コーヒー飲む?」
「うん、あまーくしてね」
「うん、甘くしてるよ」
「ありがとう」
といつものように、微笑んだ。
「今日、緊張するなぁ」
「大丈夫、私も楽しみにしてるよ」
と綺麗にアイロンのあたったTシャツを渡した。充は支度を済ませてギターを背負って玄関まで向かう。私は玄関まで見送る。
「嘉菜、俺に元気をちょうだい!」
「えっ?」
と言うと、充は私を思いっきり抱き寄せてキスをした。
「元気でた。大丈夫! 俺やるよ!」
「うん、私も元気でたよ。応援してる」
ともう一度、キスをして充を見送った。
 充が出ていった後、私は片付けや掃除を済ませ準備をした。初めて野外のライヴにいく。私は充と一緒に買いに行った帽子をかぶった。
 時間通りに、未来と佳子が迎えに来た。
「嘉菜ちゃん! 行くよー」
「はい!」
玄関を出て、電車を乗り継ぎ会場に向かった。
 会場は色んなアーティストが出演するため、ブースが三ヶ所くらいあり、充たちは一番小さいブースでの出演だったが、それでもいつものライブハウスが200人収用の10倍の2000人収用だった。
「良平、だ、大丈夫かな……」
「分かんない…正也、ドラムスティック落とすかも。嘉菜ちゃん……」
私たちは不安に思っていたが、三人を信じるしかなかった。充たちの出番を待つ間、色んなアーティストを観ながら、周りの様子を見た。インディーズ、つまりレーベル契約をしていない充たちのようなバンドは、大手のレーベル外車や、事務所のスカウトが入り関係者も沢山観に来ていた。充のライヴに初めて行ったときにも来ていた、レーベル会社の社長と娘も来ていた。
 漸く陽も暮れ始め、充たちの出番がやって来た。
「ダメ、ドキドキしてきた」
と佳子が言った。
「大丈夫! 私、良平たちのこと信じてる」
と未来が私たちの手を握る。
「は、早く来すぎだのかなぁ? お客さん……あんまり来てない」
と佳子は不安そうだ。
「2000人入るキャパシティーなら、このくらいに感じるわ。大丈夫、いつもより沢山入ってるわ」
と私は佳子を励ます。
 すると、時間が迫る毎に沢山のお客さんが入ってくるのが解った。すると、照明が暗くなり、良平のベース音から始まる。歓声が湧き私たちの手にも力が入る。充がマイクの前に立ち、深呼吸をする。
「初めてのフェスでマジ緊張してるんスけど、楽しんでいくんで皆さんも一緒に楽しみましょう!」
と叫んで曲が始まった。いつもの充の声、ギター、私は充を見つめ続けた。あっという間に最後の曲になった。
「最後の曲は、今までお世話になったすべての人に捧げる曲です。」
『あの日の曲だ』私と充を繋いでいるあの曲。充は強く歌い上げる。私は祈るように充を見つめ、いつの間にか涙が溢れ落ちていた。
「充…貴方は最高のミュージシャンよ」
と呟いた。出番が終わり、また歓声が鳴り止まなかった。その時の事を私は今でもよく覚えている。
「今までで一番良いライヴだったよね」
「うん! 私泣いちゃった」
「私も泣いてしまいました」
と三人で抱き締めあった。そして帰ろうとしたときだった。フェンスの向こう側で充たちがインタビューに応えている。沢山のレーベル会社の人が充たちを囲んでいるのも見える。私の中で嬉しい気持ちと、どこか充が遠い存在に感じた。
 その日、充は帰ってこなかった。連絡もなく帰らなかったことは今までなかったが、今日は色んな人と呑んでいるのだろうと思った。

 目覚めると、額に朝日が指していた。
「み、充?」
充は帰ってきていなかった。
 私は携帯を確認してシャワーを浴びた。昨日は、充を待っていてテーブルに凭れたまま眠っていたので体が痛い。私は、充のためにサンドウィッチを作って、置き手紙をして病院に向かう。
『昨日は、お疲れ様。素敵だったよ!冷蔵庫にサンドウィッチあるから、お腹が空いていたら食べてね。』

私は昨日のお祝いに、充にご馳走を作ろうと仕事終わりに、商店街に立ち寄った。何時ものように商店街の人たちの診断した後、充の祖母の店に立ち寄った。
「こんにちは、おばあさん」
「あら、嘉菜ちゃんかい」
「はい、血圧と検査に参りました」
「ありがとう。さぁ、あがって」
と誘う。私は充と付き合っていることを打ち明け、今日は食事に誘おうとしていた。
「どうぞ、お茶」
「ありがとうございます」
「もうすぐ、秋ね」
 すべての検査が終わり、二人でお茶を飲む。
「あの、今日はこの後、ご予定ありますか?」
「何もないよ」
「良かった。私のお家でお食事でもと思いまして」
「充も来るのかい?」
「えっ?」
「充と付き合ってくれているんだろう?」
「どうして、ご存知でしたか」
「何となくね。嘉菜ちゃん、充をよろしくね。私は嬉しかったわ。嘉菜ちゃんとで」
「そう言っていただけると嬉しいです」
と微笑んだ。二人で家に向かった。
「すぐ用意しますね。」
「良いんだよ。まだ充は帰ってきてないの?」
「えぇ」
そう言えば、充は昨日から帰ってきていない。ご飯が炊き上がった頃だった。インターホンが鳴る。
「あっ!」
「お帰りなさい」
「ただいま、ごめん。連絡しなくて」
「ううん、全然大丈夫だよ。お疲れ様」
「昨日から引っ張りだこでさ」
「そう、疲れたでしょ?」
「あれ、ばあちゃん?」
「えぇ、呼んだの。今日は充がフェスに出演したお祝いよ」
「ばあちゃん、こんばんはー」
「充、お帰り」
「実は……」
「知ってるよ」
「さぁ、座って」
と食事の用意をした。
 そして三人で乾杯をした。充はいつもの笑顔で、楽しそうだった。私は後片付けを済ませて、お茶をいれてリビングに向かうと、充は眠ってしまっていた。
「あら、眠っちゃった」
「疲れてたんだわ」
毛布をかけて、二人でお茶を飲んだ。
「いつから、一緒に住んでるの?」
「半年前からです」
「そう、充は幸せそうで良かった。あの子は苦労してるからね」
「えぇ、義男さんから聞きました」
「あの子は、ずっと弟に罪悪感をもって生きてるんだ。私は思うんだが、あの子にはあのこの人生を生きてほしいと思う」
「沢山の我慢をして来たんだと聞きましたし、私もそう願っています」
と言うと、私の手を取った。
「嘉菜ちゃん、充のこと本当によろしくね」
「こちらこそよろしくお願いします」
と言って、家まで送っていった。
「今日はありがとう」
「いえ、また来させていただきます。それにまた一緒に食事でも」
「えぇ」
「では、失礼します」
と帰ろうとしたときだった。
「嘉菜ちゃん、あんたも無理しちゃいけないよ。何かあったら、ここにおいでよ」
「えぇ、ありがとうございます。」
と頭を下げた。
 家に帰る道のり、充のことを思いふと空を見つめた。出会った街と、出会った公園。ゆっくり歩いて帰る。部屋に帰るとまだ充は眠っていた。
「充、大好きよ」
と近寄り額にキスをした。
「俺も好きだよ」
「あら、起きちゃった?」
「うん、寝ちゃってごめんね」
「全然、疲れてたんだもん。仕方ないよ」
「俺ね、レーベル会社の契約成立したんだ」
「えっ、メジャーになるの?」
「うん、メジャー契約した」
「おめでとう。良かったね」
と私は充を抱き締めた。 
「嘉菜のおかげだよ。あの時、元気をくれたからだよ」
「いつでもあげるよ」
と私は充にキスをした。私は充の成功を心から喜んでいた。

充は、レーベル会社と契約をしてから急に忙しくなった。CDも発売され、ライヴの遠征も増えた。私たちが一緒にいる時間は減ってしまった。だが、私は充を陰ながら応援することに決めていた。
「嘉菜、今電話大丈夫?」
「うん、大丈夫。今は北海道?」
「うん! 海鮮丼を食べてる」
「そっか! 今日も楽しんできてね。」
「おう!」
と電話をかけてくれる。
 私はそれだけで充分だった。ファンも沢山増え、その分一緒にいる時間も、居るところも見せられなくなった。
 秋の木枯らしが、私の手に触れた頃、私の元に一人の男性が現れた。病院から帰ると、玄関で待っている男は私に深々と頭を下げた。
「初めまして、私は浜辺のマネージャーをしております。横山と申します」
と名刺を渡した。
「初めまして、天見嘉菜と申します。えっと……私に何か?」
「ここではなんですので、喫茶店でも」
「はぁ」
と言って少し歩いた所にある喫茶店へ向かう。充のマネージャーが私に何のようなんだろうか? 私は不振そうに横山の後ろをついて歩く。テーブルにつくと、横山は珈琲を頼む。私は紅茶を頼んだ。
「申し訳ございません。急に押し掛けたりして」
「いえ、何かご用ですか?」
「貴女は、医師をされているんですね」
「どうしてそれを?」
「私は浜辺のマネージャーです。当然、存じ上げております」
「そうですか。充さんが話されたんですか?」
「いいえ、彼は話しませんが、こちらで調べたことですから」
「他の方もお調べに?」
「えぇ、貴方が一番難しかった」
「本題はなんでしょう?」
「さすが、話が早い。浜辺とは、同棲中で、お付き合いはどのくらいなんですか?」
私は横山が私と充との交際を拒んでいることを察知した。
「そんな事まで、事務所の方が知る権利があるんですね」
「権利はありませんが、ファンが沢山います。ボーカルですから一番ファンが多いんです」
「私が傍にいることで、充たちに影響はありますか?」
「そんな事ありませんよ。ただ、確かに今は大切な時期で……」
「近付かない方が良いと言うことですね」
「まぁ、言いにくいですが……」
「分かりました。近付かないようにします」
「他の方より話が早い。さすが先生ですね」
と汗を拭きながらコーヒーを飲む。
「私は邪魔になりたくないんです」
と言ってお金を払って私は外へ出た。
 溜まっていた涙が溢れだし、私は子供のように泣きじゃくった。公園まで歩いた頃、私は泣き疲れてベンチに座った。
何もかもこの公園から始まって、この公園は充との沢山の思い出が詰まってる。
「愛してるよ。充……」
私は空に呟いた。これから、どうやって充に別れを切り出そうか、そしてどうやって部屋を出ていこうか、私は好きなのに別れを告げるのが、こんなに苦しいことなのか。私は色んな事が分からなくなった。

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