物語①『2014年11月~手錠』

福岡南警察署2階捜査一課第一取調べ室
「やけんさっきから俺じゃねーって言いよろうが!」

「こっちも証拠揃えてパクっとるっちゃけんなコラァ!!」

「身に覚えないんに証拠もクソもあるかボケ!」

「なんかきさん!こげな所で否認したっちゃお前の罪が重とーなるだけだぞ!」

「上等たいコラ!グズグズ言わんでちゃっちゃか弁護士呼ばんか!!」

刑事が目の前のスチールデスクを強く叩いた後、数秒の間も空けず気が付くと僕も思い切りその机を蹴り上げていた。

床に直接ボルトで完全に固定されたそのデスクは、その後一週間程大きな痣を作った僕の向こう臑(すね)とは対照的に、何事も無かったかのように微動だにせず、「これくらい想定内だ」と言わんばかりに、僕と刑事の間に鎮座している。

その机の上に置かれた「逮捕状」と書かれた紙切れ一枚と、その向こう側で不敵な笑みを浮かべる自分と大して年も変わらないであろう刑事を、僕は何度も睨みつけた。完全に頭に血が昇っていた。

「逮捕状」と書かれたその紙の中には僕の知らない事件、僕の行ったことのない場所、僕の聞いた事のない人の名前が被害者とされる箇所に書いてあり、被疑者とされる所には紛れもなく僕の名前が記されてあった。
(落ち着け!落ち着け!これじゃあ冤罪じゃないか。そんなものテレビや小説の中の話だろう。現実にそんな事起こりっこない)

そんな事を心の中でつぶやき、必死になって自分を落ち着かせようとした。
刑事が再び口を開く。
「事件のあった日付ばよーと見てみろ。古い事件みたいやけんな。よー思い出せ。そしてよーと考えろ。俺はお前のため思って言いよるとやけんな?」

そう言われ目線を落とすのは、何だか負けた気もするし、素直に従ったようで悔しくもあったが、もう一度睨みつけた目をその紙に落とした。
(....2008年1月!?)混乱と怒りでどうにかなりそうな頭をなんとか回し、逆算して自分の年齢を割り出す。
(6年...いや約7年前だから...18歳の冬!?)口には出さなかったが、もう何が何だか分からない。僕の頭の中は再び乱れ始めた。

それを見て刑事が、何を勘違いしたのか
「お!何か思い出しました~って顔しとるぞ。」とニヤニヤして言ってきた。

僕は、もうこいつに何を言っても無駄だと思いその問いを無視した。

「...まぁ良いたい。まだたっぷり時間はあるけんな。覚悟しとけよ。」
と言って立ち上がり、思いきりこちらを睨みつけて立ち去っていった。
替わりに40代くらいの男性刑事が入ってきた。

この刑事とは5分くらいやり取りをし「弁解録取」と呼ばれる一番最初に取る簡単で短い調書のようなものを作成した。
内容は、事件を否認していること、私選弁護人を付けることが記されており、文末には以前からお世話になっている知り合いでもある弁護士の名前が入った。
短時間で出来上がったその録取書を見ると、言いたい事と異なる点は有ったものの、内容は事件を否認しているし調書でもないから問題ないだろうと思い、その書面にサインをした。
何より一秒でも早く弁護士の先生と話しをしたかった。

その後、背が高くあまり化粧気の無い30代くらいの女性刑事に手錠と腰縄を着けられ、先程の40代の刑事と共に同じフロアにある留置場へ連れて行かれた。
軽いはずのアルミ製の手錠がこの時ひどく重く感じた。
(俺はこの先一体どうなってしまうんだ...)

留置場までのわずかな道すがら、もう一度あの「逮捕状」と書かれた紙の中身を思い出していた。何か悪い夢を見ているようで気分が悪くなった。
罪状のところには確かにこうあった。「強姦致傷」と。
25歳も残り数ヵ月となったところでの突然の逮捕だった。

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