【映画レビュー】中国美大生の青春模様が沁みて沁みてしょうがない『アートカレッジ1994』の感想
東京国際映画祭2023にて観てきた映画の感想でございます。
『アートカレッジ1994』のざっくりとした感想
『アートカレッジ1994』を観てきました。
『Have a nice day』のリウ・ジエン監督の最新作。1994年の芸術系の学校のキャンパスを舞台に、若者たちが理想と現実を知っていきながら自分たちの未来を決めていく作品。アヌシー国際アニメーション映画祭の長編コンペティションにもノミネートを果たしていました。
本作を観てきた感想をざっくり一言でいうと……
佳作!
以前の犯罪ネタ路線が好きだった分、今作は違うと聞いて心配してましたが、今作もしっかり面白い。漫然な感じが退屈に感じる瞬間もあったものの、それも大学生の時間感覚と受け取る……のは好意的に観すぎているのかな。
ネタバレ有りでもっと踏み込んだ感想を書いていきます。
『アートカレッジ1994』のもっと踏み込んだ感想
■漫然?これがリアル?芸術に向き合う大学生模様
この映画、一番の事件という事件は冒頭でいきなり起こるのですよね。
合作で打ち込んで勝負を決めようとしていた作品が第三者によって汚されて、台無しになってしまう……そんな「思い通りにはいかない」だけど「その上で何を選択していくのか」という様子を主に男女四人の視点で見せていく群像劇となっています。
事件はすでに冒頭で起こってしまっているので、作中の大半(特に前半)は漫然としたテンションで、「芸術とは何か」といったような会話劇が続くので、正直退屈めにも感じられるのですが、音楽科の女子二人が登場しいて美術科の男子二人との交流が増えていくにつれ、ゆっくりながらもしっかりと事態が進んでいきます。
この長いようなあっという間のようなこの映画が描く“大学時代”が、どこか懐かしいんだ。
舞台が中国なので文化も学校の雰囲気も全然日本とは違うのだけど、自身も芸術系の大学卒ということもあってか、なんだか共感させられる瞬間も多々。それどころか“芸術”に打ち込む男子二人の姿の真摯さには、自身が持っていなかった熱量があって、羨ましくもありました。
■コインに想像が膨らむ傑作恋愛映画でもあり
本作、恋愛映画としてもすっっっごく染みたんだ、これが。
舞台が1994年ということでこの話は今から30年も前ですが、音大生の女子二人が「女性の幸せは結婚だけか」と思いをぶつけ合うシーンは、2024年の今の視点で観てもなお今日的なテーマに思えます。
しかも、その口論もそれだけじゃなくて「お前が好きなのはアイツじゃねーだろ」という友情を踏まえての言い合いにも映ったのがまた泣かせます。親からの圧力もあったり、経済力とか将来性とか考えたら確かにその結婚の道を取るでしょう……でも「お前が好きなのはアイツじゃねーだろ!」というその一点がベタながら泣かせます。
その言い合いの直前にある、本当は両思いなはずのシャオジュンとのデートがまた良い。
列車の通る高架の上で、電車の揺れでコインが橋側に落ちるか川側に落ちるかで自分の願いが叶うか賭けようというシーン。シャオジュンは橋側に落ちて「願いが叶う」という結果になるのですが、リリが賭けようとした時には、電車が通過しきってしまって賭けすらできないで終わるシーンが暗示的です。
しかも、ここでシャオジュンが何をこのシーンで占ったかは明かされないのがまたニクい。
エピローグでシャオジュンのみが芸術家として成功することが語られるので、一見コインでは自身の芸術の成功を占ったとも想像できますけど、シャオジュンはこのシーンで絶対リリとの恋愛がうまくいくことを占ったと私は思っているのですよ。だってシャオジュンはあれだけリリのこと好きなんだもん。
それも含めてやっぱりこの映画は「思い通りにはいかない」を描いた映画なんですよ。きっと。皆さんは、あのコイン占いでは何を占ったと思います?……という話をこの映画を観た人とは語りたいぜ。
■これ、絶対根に持っていない?と思う裏テーマ
もう一個、この映画を観て思ったのが、実はこの映画は監督自身の近況も踏まえているんじゃないかという点。
犯罪モノの作風から急に青春映画にシフトチェンジしたので、何かあったのかな?と思いつつ、前作『HAVE A NICE DAY』はアニー賞に出品しかけたタイミングで政府からストップがかかってできなくなってしまったり、その後に満を持して実施した中国国内での興行が大ゴケしたのもあって、実は前作って踏んだり蹴ったりな境遇だったのですよね。
そんな結果を踏まえて国内ウケできそうな青春物にしたのかな?なんてことを意地悪ながら想像してしまいました。
今作の冒頭で主人公二人が大作として制作していた作品が台無しにされる絵も見覚えがありましたが、『HAVE A NICE DAY』の冒頭で出てきた美術なんですよね。
ってことはこの映画、冒頭の絵を汚される様子って『HAVE A NICE DAY』のことを示しているとも否が応でも受け取りたくなってしまうじゃないですか。
この映画、『HAVE A NICE DAY』の世界デビューを邪魔されてしまったリウ・ジエン監督が資本主義や政治的圧力といった障壁を前にどういった作品を作っていくのか……という様子のメタファーだったりするのかな、なんてことを思ったりもしました。
美術の世界で思い通りの作品を作って成功しているシャオジュンは監督の理想の姿であり、現実的な道を歩んで学校の先生という道を進んだ兎は現実の監督の姿が反映されていたりするんですかね。
せっかくなので、リウ・ジエン監督にとって一番自分が投影されているキャラクターは誰なのか?みたいなことも聞いてみたかったのですが、残念ながら映画祭ではプロデューサーやキャストの来日のみで監督は学校の業務で来れなかったみたいです。残念。
いつか機会があれば聞いてみたいな。
まとめ
というわけで、今回上映されたことやすでに各所の映画賞でピックアップされるのも納得の、反芻すればするほどジワジワ好きになる映画でした。
過去を振り返るように、この映画を思い出す度に良さが増していく……そんな映画でした。
後、言及しきれなかったですが、絵のスタイルが好き!
黒線で割とかっちり影や色の違いが区別されている背景美術と、シンプルな線なのにやけにリアルに描かれた人間たちの組み合わせが妙にマッチしていて、単純にリウ・ジエン監督の美術自体も私は好きなんだろうな。
結構評価が二分していて、人を選ぶ作品であることはわかりますが、私は“賛”派としてもっと広く日本公開されることを祈ってます。
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