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怪異怪談研究会 監修,茂木謙之介, 小松史生子, 副田賢二, 松下浩幸 編『〈怪異〉とナショナリズム』

画像は版元ドットコムから

編者の一人茂木さんからのいただきもの。
2・26事件関係の新史料紹介などもあって興味深かった。

恐怖、おそれの感情というものの支配というか管理というかコントロールは、権力の問題と不可分であって、それゆえに近代国民国家形成において怪異はナショナリズムとも結びついたんだという、言われると「確かに」と思うものの、個人的には完全に盲点で、いろいろと示唆を得た。

中国からの留学生と付き合っていると、結構日本の妖怪に興味を持つ学生が多い。多分にそれは、水木しげるとかではもはやなく、妖怪ウォッチとかキャラクター化した日本のコンテンツ産業輸入のなかで、「かわいい」ものとして受容されているようなのだが、妖怪が「かわいい」ということは、文明史的には人間が自然をかなりの部分管理下に置いた証なんだろう。

これも留学生の論文指導のなかで知ったことなのだが、天狗などはとくに中国と同音異義語レベルで表象も異なっているそうである。中国だと元々凶兆を告げる流れ星のようなもので、日本の鼻が長い天狗とは全然違う(この辺の表象の変遷についても、美術史や文学史を用いた研究が既にあることを知った)。

井上円了の「天狗」論は、読むと文明化のなかで天狗の存在を合理的に説明しようとする一方で、天狗は、中国原産だけど日本の天狗の存在は中国と全く違うので、日本オリジナル!のような独特な主張を展開しているのを知って、ずいぶん国粋主義的な主張と結びついた天狗論なんだなと思ったのであった。

日露戦争の頃、戦死した兵士が枕元に立ったという話も新聞などに結構出て来るが、その辺の事情もクリアになったと思う。今後妖怪研究をしたいという留学生が来たら、本書の議論を踏まえて考えるように勧めたいと思った。

あと、これは余談だが『月刊ムー』創刊の1979年11月は私の誕生月であり、「私、ムーと同い年なんだ…」としばし感慨にふけった。

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