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宝石のような友情が二人の国民的探偵を生んだ―中川右介『江戸川乱歩と横溝正史』


1.その関係、まるで「宝石」のごとく

 「ライバルが親友、親友がライバル」
そんな設定がさしこまれる創作物は少なくない。目新しい手法ではないからこそ、もうひとひねりできるかが問われる。

 そんな関係性がもし実際にあったとしたら。しかも両者が同じフィールドで多大な知名度を持つ人物だとすれば。そんな夢のような熱い話がかつて存在した。

 江戸川乱歩と横溝正史、日本のミステリー史に燦然と輝く一番星、そして大衆とミステリーの距離を近づけた巨人である。乱歩は明智小五郎や怪人二十面相が活躍する少年探偵団シリーズ等、横溝は『犬神家の一族』に代表される金田一耕助シリーズ等で今も昔も多くの読者を魅了している。そんな2人は唯一無二の親友だった。

 同時期にデビューした2人はミステリーという土俵においてライバル作家でありつつ親交を深め親友となった。それだけではない。2人には異なる時期に編集者というもう一つの顔を持っていた。乱歩は編集者・横溝の支えにより『陰獣』や『パノラマ島奇譚』といった傑作を生みだす。横溝は編集者兼経営者・乱歩のバックアップを受け金田一耕助シリーズの『悪魔の手毬唄』を書き上げた。

 あるときはライバル作家、あるときは親友、あるときは編集者と作家。多面的な関係性を持ちながら2人は日本ミステリー界を引っ張り続けた。本書は2人の軌跡に、彼らと深い縁を持つ日本の出版社の興亡を重ね合わせて書かれる日本ミステリー史であり出版史である。

 2人の立ち回りが対照的なことも面白い。先ほど乱歩のことを「編集者兼経営者」と書いた。彼は1957年に出版社の経営難により危機に瀕していたミステリー雑誌『宝石』の経営を引き受ける。ミステリー作家が作品を出す場、読者がミステリーを楽しむ場を守るためだ。他にも自分の名前で売れるのであれば、傑作を書ける状態じゃなくても全集や雑誌に自らの名前を出すこともいとわなかった。まさに「生まれながらの長男」である。

 反対に横溝は「ザ・芸術家気質」だ。乱歩のように日本のミステリー界のためだなんて高尚なことは考えない。自分が面白いと思ったものが降ってきたら書く。それだけだ。ただしその「降ってきた」作品がとにかく圧倒的に面白い。後世に残る作品を読めばわかるはずだ。

 異なる個性を持ち気質も違う2人は互いに共鳴しあう。一時期2人の不仲説が出たそうだが、著者はその見解を調査の末に否定している。盟友関係は乱歩の死まで続いた。

 1965年、乱歩死す。このときの横溝の動揺ぶりをのちに彼の長男・亮一が証言している。証言に登場する水谷準は、同時代を生き抜いた編集者兼ミステリー作家だ。

<そのあとから駆けつけてきたおやじが、枕元で泣くのを、そばにいた水谷準先生が、「おい、ヨコセイ、そう泣くなよ。また会えるじゃないか」って言ったのを、覚えてるんです。ああ、いい慰め方だなと思ってねえ。>

中川右介『江戸川乱歩と横溝正史』p447

 「また会える」。その言葉が実現するまでに横溝の人生はまだ十数年続く。その間に彼は一人の編集者の仕掛けによって「横溝ブーム」を巻き起こし、国民的作家として今もなお知らぬ人はいない人物になった。編集者の名前は角川春樹。角川書店の御曹司であり、「横溝ブーム」をきっかけに稀代のプロデューサーとして名をとどろかせる男だ。

2.なぜ僕らは少年探偵団に親しみ、犬神家を知っているのか

 なぜ令和を生きる僕らは江戸川乱歩と横溝正史の名前を知っているのだろうか。すごい作家なんだから、名作を書いたのだから当然じゃないか。それはその通りである。しかし乱歩や横溝と同時代に書かれたものの中には、もっと現代にも名が残ってもいい傑作たちが存在することをミステリー好きは感じているはずだ。

 そう、大事な問いは「なぜ乱歩と横溝なのか」ということである。著者が2人の人生に出版社の興亡を絡めて本書を書いた理由がここにある。

 乱歩と横溝が生きた時代、日本では多くの出版社が乱立しては消えていった。出版社が生き残るには当然「読んでもらえる本を売ること」が必要だ。読んでもらえる本を売るには、面白い本を書ける人に自社から本を出してもらえばいい。でも実はもう一つ方法がある。「既に発表されている面白い本を自社で復刊すること」だ。

 角川書店の角川春樹は、岩波文庫を意識した本格路線からエンタメ路線へ転換する角川文庫の目玉として「横溝作品の文庫化」を打ち出した。横溝の『八つ墓村』がマンガでヒットしたことやアメリカでのオカルトブームの到来など様々な要素を加味して角川は横溝作品に賭けることにする。その目論見は最初に文庫化した『八つ墓村』の空前の大ヒットで大当たりする。

 続々と横溝作品を角川文庫にした春樹が次にもくろんだのは作品の映画化である。『犬神家の一族』である。読んだことも見たこともなくても、不気味なマスクや湖に足だけ出てる死体のイメージだけ浮かぶ人は多いのではないだろうか。これも大ヒットし、映像での横溝ブームがはじまることになる。

 小説と映画を相乗効果でヒットさせ売上を伸ばすメディアミックス手法は角川春樹の十八番となる。春樹は犬神家で映画製作にはじめて参入した。横溝なくして角川映画は始まらなかったのだ。

 角川書店が横溝正史の名前を不滅のものにした。では乱歩にとっての角川書店はあったのか。僕が思うに江戸川乱歩を不滅にしたのは間違いなくポプラ社、そして学校図書館だ。

 僕がはじめて江戸川乱歩の作品に触れたのは小学校3年生だ。学校図書館で夏休み前になにげなく手にとった『怪人二十面相』を夢中になって一気読みした。すぐ親に頼んで街の図書館に何度も連れて行ってもらい2週間程度で少年探偵団シリーズ全26巻を読破した。この経験が僕の読書体力と自信を飛躍的に伸ばし、現在の読書量やスピードに活きている。その意味で僕にとって江戸川乱歩は読書人生の恩人の一人だ。

 僕と江戸川乱歩の出会いを書いたのには理由がある。まさに僕の出会い方こそが、江戸川乱歩を不滅のものにした要因だからだ。

 1953年に成立し翌年施行された学校図書館法は、学校に図書館設置を義務付けるものであった。この法律により全国の小中学校に図書館が置かれる。子供向けの本を専門にしているポプラ社にはうってつけの巨大マーケットができたわけだ。

 少年探偵団シリーズは光文社のものだったが、ポプラ社は乱歩の他の作品を児童書向けにリライトして出版していく。そして後に少年探偵団シリーズの版権も光文社からポプラ社に移り復刊される。僕が読んだバージョンはポプラ社のものだ。

 学校図書館で少年探偵団シリーズを読んで乱歩とミステリーに出会った小中学生が、年を重ねて次に読みたいものを探す。そこで出会うのが乱歩と同じ時代を生きたミステリー作家たちだ。これが1970年代に起きた「戦前の探偵小説ブーム」の起点になる。乱歩は死してなお長男であり巨人であり続けたのだ。

 著者は少年探偵団シリーズが読み継がれてる理由を以下のように考えている。僕には非常に納得感のある解釈だ。

 乱歩は文中で年齢は示すが、何年の出来事だとは特定しない。このあたり、いい加減なようでいて、ある意味、巧妙で、あえてどうにでも解釈できる状況にしていたとも言える。はっきりと何年の出来事かを示さなかったので、たとえば筆者は一九七〇年前後にこのシリーズを読んだが、「ちょっと前」の話として読んでいた。作品としての寿命が永遠に近くなったのだ。少年読者は誰もが、小林少年を同世代と思いながら読めた。
 小林少年だけでなく、二十面相も複数いると考えたほうが合理的である。明智小五郎も年齢ではどうにか整合性があるとしても、そもそも人間は年齢を重ねるにつれて性格が変わることも多いので、かえってリアリティがあるとも言える。

中川右介『江戸川乱歩と横溝正史』p327

 確かに僕も少年探偵団の物語を大昔とは思って読んでいなかった。僕が読んでいたときでも50年以上前が舞台であるにも関わらずだ。

 僕が子供のころ最も大好きだった作家に、はやみねかおるがいる。昨年、知人の子供である小学生が彼の作品が大好きだと聞いておどろいた。今も新作が出ているとはいえ、少なくとも過去の作品にスマホやSNSが登場するはずがない。でも僕のような昔の子供と同じように今の子供も同じようにはやみね作品、「赤い夢」を楽しんでいる。

 作品が愛され続けるのには理由がある。それこそ作家と出版社と読者の三角形が織りなす奇跡のような永遠のハーモニーなのだ。

【本と出会ったきっかけ】
 なにげなく立ち寄った本屋で文庫版を発見して購入。書いた通り、江戸川乱歩は僕の読書人生の大きな出会いのひとつなので興味をもった。

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つじー|サッカーが好きすぎる書評家
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