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「嫌々ながらやること」が、私を自由に近づける

 私はしばしばこんなふうに、「みんな好きなことをやったらいいよ」といったことを公に述べるのだが、とはいえそうすると、単に傾向性の衝動に引き回されているに過ぎない自身の生き方が肯定されているのだと思いなして、他責・他罰が習い性になっている人たちが喜んでしまうという現象も、毎回のように観察していた。そのたびに、「そういう話じゃないんだけどなあ……」と思ってはいたのだが、このあたりはまさに「もにょもにょ」した問題なので、SNS上でさらに深く説明することも難しかったから、それ以上のことは何もいわないで済ませてきたわけである。

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