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いつかのゆめ

彼女と出会った日のことはよく覚えている。16年前の今日、14時15分。天気は快晴だった。小さくて、触ったら壊れてしまいそうな彼女を抱えたひとは、僕に言った。
「この子はお前のためにつくられたロボットだよ。大切に大切に、育てておくれ」
僕は彼女から目を離せなかった。大切に、育てる。必死に頷いた。

それから月日は過ぎた。しあわせな日々だったと思う。彼女の笑顔を見ると心があたたかくなったし、彼女が泣いているとなんとかしてやりたいと思った。
彼女は、欠陥品だった。もともとひとつ、頭のネジが足りなかったのだ。
よく歌いよく笑い、よく泣く彼女は自分が出来の悪いロボットだということを当たり前のように受け入れていた。

「たぶん、もうそろそろわたしは死ぬわ」
食事を運んできた僕に、淡いビー玉のような瞳を光らせながら彼女は言った。
「僕がなんとかして君をなおすよ」
「無理よ。自分でわかるわ。わたしはなおらない」
ロボットは諦めがいいの。そう小さくつぶやくと、ふにゃりと笑って、まぶたを閉じた。
そして、そのまま目を覚まさなかった。

動かなくなった彼女を抱える。思った以上に軽かった。ロボットだというのにこんなにも柔らかい。思えば彼女に触れるのははじめてだった。風で煽られた彼女の髪の毛が頬にあたって、ぱらぱらと音をたてた。
少しずつ日が傾いていく。今は18時26分、もうそろそろあたりは暗くなるだろう。まだ温かい彼女の体も、だんだんと冷たく、かたくなるのだろう。
あの透き通った瞳が僕を見ることはもうないのだ。そう思うと、好きだった夜さえ恨めしく感じた。

ほんとうは、分かっていた。

いつだって正確な時間がわかってしまうこと。
寒さや暑さは感じないのに、気温の変化は認識できること。
彼女を失ったとき、あんなにも「かなしい」という感情を抱いたのに、僕の目から涙が流れることはなかったこと。

ほんとうは、僕が、人によって作られたロボットであるということ。

彼女は生きていた。人間だった。どうしてあのひとがそれを隠して、彼女をロボットだと偽り僕に託したのか、それはわからなかった。
彼女に出会うよりも前の記憶はない。
僕がいったいどのように作られて、どのように使われてきたのか。よく考えてみれば、わからないことだらけだ。彼女がいなくなったことでこんなにも「わからない」が増えることが、わからなかった。

だけど、わからないことがたくさんあるというのは、それだけ人間に近づけたということなのかもしれない。一度くらい涙を流してみたかったと、静かに思った。

僕は確かにロボットだったけれど、せめて心だけは人と同じようにあったと、もしも神様がいるのならば認めてくれるだろうか。
ゆっくりと暗くなっていく世界で、僕はずっと彼女を抱きしめていた。


停止した人型ロボの肩を抱く君は誰から恋をうばうの(ねむけ)

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