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泳げない魚

くるくるとまわる扉の中にいてこのまま狂ってみたいと思う

無理のない歩幅で進んでいくために正しいことだけ照らす街灯

暗闇の境界線で手をつなぐ 好みではない指輪が見える

ひっかけた爪の先から少しずつピンクの毒が流れこんでた

魂が死んでしまってものすごく不幸だったらよかった、どうせ

息つぎのたびにおぼれる人間を魚は笑う「居場所がないのね」

流されることは得意で「確固たるなにか」なんかは持っていなくて

しあわせなふりを続けていられたら嘘も笑って許してあげる

物心ついたときからそばにいる犬も静かに年老いていた

漠然と考えている死について一度きちんと議論しましょう

大切にしたいと思った言葉だけあなたにまったく届かなかった

「後でまた折り返します」の留守電を繰り返し聞く三十二秒

まばたきが多いあなたを信じたら呼吸の仕方を忘れたみたい

輪郭がぼやけた手首の傷跡に何度も触れる スカートを脱ぐ

まとまった正解集を買いました 個性とやらを失いました

はじまりもおわりもあやふやなままで街から消えた黄色いポスト

ひねくれた少女でいられた日のことをいつか誰かが青春と呼ぶ

ざらついた喉を震わせ嘘をつく 悲しくならないことが悲しい

停止した臓器が道路に落ちていて本音は隠すものだったんだ

空っぽの心がほしくて空を見た 飛びたいなんてもう思わない

泳げない魚になって誰よりも波打ち際で生きてくつもり

苦しいとちゃんと伝えたことがない けっきょくひとりじゃ何もできない

まぶしくてくしゃみが出たから空を舞う少女のかたちを見失ったの

カチューシャが割れて涙が出なくって姉はやさしくわたしをぶった

妹のほっぺをゆっくりつねるとき「だいすきよ」ってつぶやいている

きっかけは歩道の小石 蹴り飛ばすことに理由はいらないでしょう

傷つけばいいと思ったできるだけ深く鋭く奥のおくまで

かけぬけた一面の青ふるさとはやっぱり海で夏は嫌いだ

つらいよね、かなしいよねと言ってくるどこでも綺麗に泣けるひとたち

不規則にまわるひかりの粒たちをずっと見ていた 弱虫はだれ


2016/5

#tanka #連作

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