見出し画像

めんどくさがり屋のひとりごと⑱「Rescue?」

三連休が終わった。
とてもとても悲しいことである。
今のところ、会社に行きたい気持ちは0%であり、モチベーションなど一昨年の入院の二週間でとうに潰えている。
会社が潰れてしまったら給料が出ない可能性があるので、この契約社員の身を解除してほしいとまで思う。
そうしたら、退職金で少しはまともに暮らせるはずなのだ。
こんなことを宣うような無気力社員は、早く放逐させた方が身のためであるぞ、とこの場を借りて会社には伝えたい。
パトラッシュ、もう、僕は人とコミュニケーションを取るのは疲れてしまったよ。
何だかとってもしんどいんだ、自分のキャパシティではもう制御できない業務内容と仕事量になってしまって。
正直、仕事相手のことなど、もうどうでもいい、ずっと本だけ読んでいたいよ。
今はそんな気持ちである。

さて、話を変えよう。
この三連休、本当はこのサイトの「創作大賞2024」に応募するための小説を書き進める予定だった。
今書けているのはあらすじと千文字足らずの冒頭の文のみ。
締め切りは一週間とちょっと。恐らくもう間に合わないだろう。
それでもどうにか書き進めないと……今週末は母が上京してきっと執筆できないだろうから――金曜日の私はそう思っていた。

そして、月曜日の私である。
まったく進んでいない。
土曜日は映画を観に行って、書店に文庫本の買い付けに行き、日曜日と月曜日は眠気に勝てずに一日中惰眠を貪っていた。
こんなはずじゃなかったの繰り返しだが、ここまで金曜日の自分を裏切ってしまうと逆に清々しい。
本当は、こんなことも書いている場合でもない。
けれども、月曜日にあったことについてここに書いておきたい。

またと無い日曜日の夜更かしをして、寝たのは朝の五時近く。
寝る前にカーテンの隙間から外を覗くと、空は既に白んでいた。
そして二度寝を経た後に起きたのは正午近く、この時点で既に貴重な時間が水泡に帰して大分経っている。

そこから再びボーっとして気が付けば夕方四時、何も食べていなかったので夕食を買いに行く。
ボロボロの部屋着を着替え、自転車でハンバーガーを買いに向かう。
空腹とは言え、それほどお腹に入りそうも無かったので、ダブルチーズバーガーとアップルパイだけを買い、さて家に戻ろうと再び自転車を漕ぐ。
それで終われば良かったのだが、その家路の途中でふと豚汁が飲みたくなった。
冷房の効いた部屋にずっといたので、少し体が冷えていたからかもしれない。そのまま正反対の方向にある松屋へ向かう。
松屋の豚汁はボリュームもあり、身体は温まるしお腹も満たされて好きなのである。

定食や牛めしの誘惑に負けそうになりながらも、豚汁だけを買う。
次こそは家に帰ろう……そう思ってズボンのポケットに手を入れた時、気が付いた。
自転車の鍵が無い。
普段はキーケースに入れるのだが、その時には入れた記憶が無い。
と言うか、ズボンのポケットに入れた記憶も無い。
むしろ、どこに入れたのかも記憶に無い。
あまりに翌日の出勤への嫌気と応募する小説の締切のことが頭を占め、その時に自分がどういう行動をしたのか覚えていないのである。

そこからは物を失くした人のする行動を全て取った。
カバンの中を探り、財布の中を探り、ズボンのポケットの中をまた探り……とにかく心当たりがありそうな収納箇所を街中でごそごそと探し回る。
しかし、無い。焦りが次第に増してゆく。
しかも、その時に来ていた服は紺のTシャツにオレンジのチノパン、見た目は不摂生な消防士である。
もちろん、街行く人が私を消防士だなんて思わないことは百も承知だ。
ただ、そのガサゴソと自転車の近くでしている姿が「自転車の鍵を失くして焦っている人」そのものなので、その人々が私に向ける視線から早く離れたいと思った。しかし、鍵は一向に姿を現さない。店に落とした記憶も無い。ほんの三分足らずの記憶なのに、まったく思い出せない。

もしや、店内のテーブルに置いてしまったか?と店内を覗くも、鍵が置かれている形跡も床に落ちている形跡も無い。困った。
時刻は夕方五時近く、せっかくの豚汁が冷めてしまう。どうにかして家に帰らねばならない。けれど、自転車に乗っては帰れない。絶望が襲う。
近くに自転車屋も無い。しかも金欠なので、支払うお金も無い。万事休すである。
ここまで来たら、かくなる上は――このまま後輪を浮かしたまま帰路に就くしかない。私の頭には、もうその選択肢しか無かった。

サドルを持ち、後輪を浮かして前輪だけで自転車を動かす。
軽やかに進むはずの自転車も、片方が物言わぬ状態になると、もはやただの鉄の塊である。後輪の重たさが私の腕にのしかかる。
横断歩道を渡り、細い路地を抜け、坂道を上る。
本来は十分足らずで家に着く道を、三十分かけて進む。
ずっと持ち上げていることは腕に負担が掛かるので、時に下ろしてはまた持ち上げ、下ろしてはまた持ち上げを繰り返す。
その度に、鍵のかかっている付近の後輪のスポークがガシャンガシャンと鍵に当たって音を立てる。とてもうるさい。
それほど汗をかくような気温でも無かったのに、焦りと思いもよらぬ運動によって滝のような汗が流れる。不幸なことにハンカチもタオルも持っていない。道に汗が滴り落ちる。

何台もの自転車が、無様な私の横を通り過ぎる。とても軽やかに背中を遠くさせる。羨ましい。恨めしい。私はこんなに苦しんでいるのに、何故貴様らはそんなに風を感じているのだ。こんな消防士まがいの格好の私にも風を感じさせてくれよ。それでも、家には帰らねばならない。苦悩は続く。

そんな格闘を繰り返し、家路の途中にある個人商店の近くまで来た。
ここの角を曲がってもう一つ角を曲がれば、家の近くの道にたどり着く。
少しホッとして、商店の角を曲がった先の自動販売機の前でもう一度鍵を探す。ポケットの中をガサゴソと探る。すると、だ。
ポケットの奥深くで、何か塊が指先に触れる。
それを掴んで取り出す。何やら鍵の形をしている。
おや、どうしたものか。鍵穴に差し込んでみると、ぴったり嵌まって鍵が開いたではないか。
その時既に、格闘から四十分近くが過ぎていた。
私のその四十分は何だったのだろうか。もう一度ポケットの奥まで手を突っ込めば、そんな痴態は晒さずに済んだのに。
そこが住宅地じゃなかったら、きっと私は大声で「畜生!」と叫んでいたことだろう。
それでも何はともあれ、私は四十分ぶりに風を感じることが出来たのだった。

腕は筋肉痛を起こすし、Tシャツは汗でビシャビシャになるし、おまけに余計な体力を使ってしまった。
幸いなことと言えば、豚汁が程よい温度になっていたこととこの投稿のネタが出来たことぐらいである。

多分、絶望的な状況になったとしても、諦めなかったら最後にはどうにかなることもあるのだろう。
それは絶対ではないけれど、結局はどうにかなってしまうのが人生の奇妙なところである。
締切まであと一週間しか無いが、もう一度足掻けるところまで足掻いて書き上げてみようか――そんなことを思った、梅雨のひと時であった。

ちなみに、まだ書けていない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?