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大江千里 ~ 上着はいらない

 Aメロ、Bメロが素晴らしい曲ってあります。目立つサビよりも、そこに至るまでの流れのほうがずっと良い曲。例えば渡辺美里のMy Revolutionとか。
 大江千里は本当に美メロ作家です。プレイリストの最初に並べた、「コインローファーはえらばない」も「APOLLO」も「向こうみずな瞳」も、Aメロがとても良い曲です。サビよりもAメロが聞きたくて聞いてしまいます。そしてそのあと、全メロ全歌詞がえぐい名曲「きみと生きたい」へと繋ぐのですが。
 大江千里は詩人でもあります。恋愛がテーマの歌詞は書きやすいものの、ちゃんと「詩」を書けるシンガーソングライターは少ないです。大江千里は恋愛詞のお手本にされるべきと思っています。気取りなくあんな詩をあてるのは、おそらく難産だと想像します。簡単に書く歌詞じゃない。
 三月も終わりで暖かくなりました。土日の晴れた昼下がりには大江千里の曲が合います。公園の芝生にでも寝転がりながら、ビール片手に聞いていたいです。
 一見、男性から女性への想いを書かれた恋愛詞でも、恋愛模様全体を引いて描いているかのように聞こえます。だから女性も理解るし、作品性としてもワンランク優れているなと感じます。
 そして何といっても大江千里といえば、世間的にはこの声でしょう。誰が聞いても大江千里だと気付く声。野暮ったく親近感がある、不器用な都会の青年のようなイメージ。格好よさの真逆にある声質ですが、この声だから大江千里が作った曲は途端にきらめきます。
 「Rain」は、あとから秦基博のカバーでアニメ映画「言の葉の庭」のテーマソングにもなりました。たしかに新海作品の雰囲気に大江千里の曲はよく合っています。秦くんの歌だと、綺麗すぎて楽曲の良さを活かせてないと個人的には思いますが、それはさておき。「愛するということ」なんかも、映画「天気の子」に合いそうな世界観ではないでしょうか。
 好きだ、さびしい、君が欲しいと、気持ちを並べただけでは詩じゃありません。ただ思いの丈を書きつけているだけです。詩の肝は描写です。描写で人物の心情まで描くのが詩なのです。独りよがりにならない万人に伝わる詩が書けるうえに、キャッチーなメロディにそれを乗せられる大江千里が天才作家じゃないなら、誰が天才でしょう。天才であっても皆が憧れる対象として見られにくいのが不運な、過小評価がもったいないアーティストです。

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