散り際の恋
人が死ぬ時、私は一瞬、その人に恋をする。
どきりと胸が音を立て、まだ何者にもなれない感情の蠢きが顔全体を襲い、痒さを覚えた私は少しだけ、眉をひそめてしまう。
何か大切なものに触れたようなトキメキと、名状し難い喪失を同時に味わう。
名前すら知らなかったはずなのに、私の胸はなぜか、この人が愛おしいと叫ぶ。
そのような顔が、人の死にはある。
私に資料を置かせ、論文を放り出させ、読んでいた本も閉じさせて、お茶すら満足に入れさせてくれない。
持久走を終えた後のような倦怠感が身体全体を襲い、どこにもいけない心が悶えに喘ぐ。
体を飛び出していきたいと、思う。
愛おしさに。
どこかへ旅立ってしまった、誰かを。追いかけてしまいたいと思う。
脳の筋肉が頭蓋骨に縛られて、私は身体の中に捕らえられてしまう。
普段は、捕らえられていることすら忘れて身体と一体化していると言うのに、死人の恋しさが私をちょっとだけ浮かせてしまう。
大切な人だ。
名前も知らないけど、私に傷を残していく、大切な人だ。
人が死ぬたび、私の大切な人が増えていく。
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