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【感想記】プロ棋士と遊ぶポーカー編


「JQでリベンジしましたよ」
これ程かっこいいセリフが、果たして自然にでるものなのだろうか?
確かに目の前のポーカー最強の男性は、そう言葉をかけてくれた。
ゲストの黒沢怜生六段である。


序章


混乱を極めた夏を象徴するかのような、厚い雲に覆われた空だった。
朝9時。

その日、私は生暖かい雨が降る池袋のど真ん中で、地面を眺めていた。
1時間後に行われる、プロ棋士とのポーカーイベントに参加するためだ。
ポーカーと言えば夜の大人の遊びというイメージがあり、
朝活と呼ぶには少し抵抗があった。
私のポーカー歴はというと、片手で足りるほどしかない。
果たして経験者として通用するのであろうか?
出来れば初心者卓で多めに見られながらプレイしたい。
そんな甘えと不安を抱えながら、水たまりを踏み歩いていた。

会場は、何度か足を運んだお店「池袋ATHENA(アテナ)」。
大通りから一本路地に入り、似たようなブロックが並ぶその区画は、
夜は煌々と光る看板が並ぶ繁華街だ。
普段は近隣の呼び込みの女性が立っているので、
比較的目立つビルと言える。
迷うことはまずない。

しかし今は昼、もっと言えば朝である。
一帯は閑散としていた。
目印として期待していたものが、ほとんど眠りについたままであった。

心配性の私は、遅刻しないように1時間も速く駅に到着した。
悠々とモーニングを食べる為である。
それにも係らず、一向に店舗が見つけられないと言う非常事態。
恐れていたことだが、すでに形勢はやや不利に傾いていた。

開催時刻がせまる。
水たまりの上を、右往左往しながら次の手を考える。
このままでは遅刻。あるいは不戦敗。
勝負の場に臨む者として、それだけは許されない。
内部の人物にメッセージを送るが、開場間際のためか既読もすら付かない。
いよいよ勝負あったか……と空を仰いだ瞬間ふと、
「ATHENA」の慎まやかな看板が偶然目に入った。

そうか、女神は顔をあげたものに微笑むのか。
前置きが長くなったが、いざ、出陣である。

~本日の対局室~


入場すると、やたらと顔面のバランスが整った男性達が出迎えてくれた。
今回のイベント主催「ことえ」の皆さまだ。
この方々は本当に、万全の構えでイベントを開催なされる。
問合せレスの速さ、前日のリマインドなど、
参加する度に勉強になることが毎回ある。
今回のようにファン心を絶妙にくすぐる企画など、
唯一無二の内容をぶつけてくるので、同歩と応じる以外に手は無い。

受付では参加賞のチップを受け取った。
特製デザインのロゴの後ろに、「黒三」と書かれている。
何かの暗号だろうか?
そわそわしながら眺めていると、「黒沢さんと三枚堂さんのサインだ!」とどこからともなく感嘆の声が聞こえた。
そうだ! これはゲストのお2人のサインだ! 
チップにサインするとこうなるのか……渋い。
様々な感情と共に、私はそれを大切にバッグの中にしまうのだった。

~賑やかな序盤~


初心者卓を覗いてみると、何と驚きの全員女性であった。
ポーカーというイベントにおいて、
この様な事態が果たして予想されただろうか?
経験者卓はフルゲート。女性は私を含めて2名だった。
スタッフ紹介と、ゲストの挨拶が済み、いよいよゲーム開始である。

ここからは、少し背伸びをしてポーカー用語を使用していく。
ちなみに、私のポーカー辞典には「DB、SB、BB」の3つしか載っていない。
それ以外は、この文章のためにGoogle先生に教えて頂いたワードである。(間違い探しが混ざっているのでお楽しみに)

東パツ、経験者卓にはゲストの三枚堂さんが参加してくださった。
今回の卓は、席順による参加率が明らかに偏っていた。
私はカモに相応しく、実にアグレッシブなタイプであった。
というのも、まずは両側のお2人が参加するかどうかを見本にしていた。
参加率がリンクしているのは間違いない。
ちなみに、アクションを真似していることは早々に本人にバレた。
慣れてきた頃、卓内を見回す。
対面には、ジェリカフェのオーナーの白坂さんを確認できた。
その他、遠巻きにずっと見している周囲数名は、明らかに手練れに見えた。

~温まってきた中盤~

三枚堂さんが長考した。
皆が息を飲んで見つめる中、
「10秒…」とどこからともなく秒読みが聞こえた。

張り詰めた空気が緩み、笑いの渦に包まれる。
指す将には堪らない瞬間であった。
参加してよかったと心の底から思った。

三枚堂さんは勝負手のようで、All-inをした。
その瞬間、先ほどまで柔和な笑顔を見せていたのに、
別人のように勝負師の目つきに変わった。
対抗者に「降りてください」と勢い余って拝んでいた。
ここに、性格の好さが伺える。
こんな一面が見られるのは対面ゲームの醍醐味だな、と私は感激していた。
もちろん、三枚堂さんに軍配が上がったのは言うまでもない。

ところで、私のチップはというと、
少し有利な展開が続きじわじわと増えていた。
(もしかしてあの女性は強いのでは? 運が)という勘違いが、
少しだけ聞こえるようになっていた。

そんな中、いよいよ1つ目のミスをした。
チェック出来るタイミングで降りてしまったのだ。
対面の美少女が「あ!もったいない」と咄嗟に発してくれたので、
それが不適当なアクションだったと気が付いた。
この1動作で一瞬にして、
(あ、この人は間違って経験者卓にきちゃった初心者ぽいぞ)
という雰囲気に変わった。
やっと分かってもらえた、という事だ。
恥ずかしい所も手の内も、卓の上で丸裸にされた所で全体休憩になった。

~終盤戦に突入~

残り1時間となった時、優勝候補◎大本命の黒沢さんが参加された。

初心者卓で少しチップを減らして来られたが、
これは後のブラフに過ぎなかった。
ゆっくりと卓を見まわし、勝ち頭を確認する。
私を含め3名ほどが、だんご状態だった。
私は長く楽しみたかったので、ちまちました勝負で大傷を避けていた。
何人かトビ終了する方も現れ始めていた。
――明らかに場が、煮詰まってきている。

残り30分くらいの局面で、A5のハンドが来た。
ポットは高騰していた。
暫定一位の方とのサシになったが、相手は降りなさそうだ。
ちなみにボードは忘れたが、私のハンドはブタで微妙に弱いと感じていた。

その時考えていた事。

  • チップは墓場まで持っていけない

  • 最終的には使い切る(All-in)する場面が必ずくる。

  • いつ大きく賭けるか?

  • あと30分の間に何ハンドあるのか?

事もあろうに、集中できていなかった。
その結果、またもアクションを間違えた。
これが2つ目のミスだ。
フリテンロンした上に、山を崩したような状況になってしまった。
あまりに恥ずかしいので詳細は伏せるが、
ポーカーで考えられる最大のチョンボだったように思う。

先ほどまで何度もサシで戦ってチップを巻き上げた方々への、
申し訳なさを感じていた。
その時思わず口から出たのは、
「廃村ですか? 失格ですか? 出禁ですか?」という、
いろいろな世界線が混ざったセリフだった。
隣で聞いていた優しいお兄さんは
「いや、出禁にはならないよ」
と冷静にツッコんでくれたので少し救われた気がした(錯覚)。

パニック状態になった私は、次のアクションが分からなくなってしまった。
対抗の方と目を合わせると、優しい笑顔で高額レイズをしてきた。
これは、フォールドしろよという合図だ!
私にも理解できた。
おそらくそれが、場を納める唯一の手だった。
この時の心理は、(罰符で流せるのなら喜んでお支払い致します)である。

その場に居合わせた皆さま、
本当にご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした。

この珍事によって、暫定一位がほぼ決まってしまった。
悪いことをしたな、と反省するしかなかった。
自分の優勝はもう捨てるとしても、
競っていた他の方々へのノイズになってしまったことが申し訳ない。
目立ちたくなくて顔出しもNGだし、ちびちび賭けているのに、
こういう形で目立っちゃうんだもんなあ、前世に虫でも殺したかな? 
などと、また余計なことを考えていた。

けれど、この事件がまったく意味が無くなるほどのAll-in合戦が
最終局面で訪れることになるとは、まだ予想していなかった。

~あと何手詰?~

時は流れ、ラスト3ハンドの声がした。
たった3回のチャンスで、強いハンドが来るとは限らない。
決断の時は近い。

1回目は58、フォールド。
2回目、JQのハンドがきた。
次のラストハンドはおそらく全員賭けてくる。
その時にAKがくる可能性は高くない。
対抗は白坂さん。
小考して、私はAll-inした。
――河に並んだ5枚目の女神は、私には微笑まなかった。

落馬して、眺めて迎えた3回目。
泣いても笑ってもオーラスである。

過去最高の5アクティブで、ついにAll-in合戦になった。
ここで勝った人が優勝だ。
4枚目までオープン、JQハンド(QQペア)の黒沢さんが有利なボードだった。
全員が立ち上がって、最後の一枚を見つめる。

開かれたのは……「Q」だった。

――優勝、黒沢六段。

第一回目にして、最高にカッコいい終わり方で魅せてくれた黒沢さんは、
将棋だけではなくポーカーでも鬼のように強かった。

冒頭の黒沢さんのセリフは、この時の勝負を指していた。
「(私が)直前にJQのハンドで負けていたので、JQでリベンジしました」
撮影タイムでご一緒した際の言葉だ。
ああ、この方は気遣いのアンテナが並外れて高いんだな、と感動した。
勝負強さや記憶力の良さが目立っているが、
こういう所が人気の秘訣なんだなと改めて感じた。

負けても負けても、戦いは続く


夢の様な戦いが、終わった。
それは嵐のような、一瞬の喧噪だった。

ポケットに入れた人気棋士との、
3ショットの写真を眺めながら会場を後にする。
ビルの中での熱気とは裏腹に、外には涼しい風が吹いていた。
朝見かけた、鬱陶しい水たまりはすでに姿を消していた。

果たしてあの一連の宴は、本当にあったことだったのだろうか?
あまりにも豪華で、華やかなそのイベントは、なんだか現実離れしており、自分が今居る場所はどこだろうと不安になった。

携帯を探すためにバッグに手を入れる。
チップが手に触れた。
これは、夢じゃない。
そうだ、現実に起きたことで、私はその感動を噛みしめていいんだ。
ほっとして、顔をあげる。
先ほど同卓した頼もしい美少女と、参加者トップ賞をかっさらった男性が駅までの道を先導してくれている。
午後からは皆、別の顔を持ち、それぞれの戦いに向かう。
この後に参加する社団戦では、今度はライバル同志なのだ。
そう、最後の夏はまだ、始まったばかりだ。

※今回参加したイベントは「プロ棋士と遊ぼう!ポーカー編」です。

【主催】
「ことえ」
twitter: https://twitter.com/ctoeivent
「将棋カフェCOBIN」
twitter:https://twitter.com/shogicobin
HP :https://shogicobin.com/
【協力】
「ATHENA(アテナ池袋)」
twitter:https://twitter.com/athena_poker

ゲスト:プロ棋士 三枚堂七段 黒沢六段

関係各位、本当に有難うございました!

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将棋がスキ

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