新時代のブランディングと、ソートリーダーシップが重なり合う。~世界最大級のブランディング会社「インターブランド」日本法人のキーパーソン、佐藤紀子氏(インターブランドジャパン)に聞く~
革新的な考えを世の中に提示し、「共感」によりステークホルダーを共創へ誘引することで、新しい顧客や市場を創造するマーケティング手法「ソートリーダーシップ(Thought Leadership)」。その重要性を多角的に考察するために、各専門家にインタビューする第五弾。お相手は、インターブランドジャパンの佐藤紀子氏。インターブランドは1974年に英国ロンドンで設立された世界最大級のブランドコンサルティングファームで、佐藤氏はその日本部門をリードする立場にあります。コロナ禍や社会不安を背景に、企業ブランディングの方向性は大きく変化しています。企業は社会の変化や課題に対するスタンスを明らかにし、活動に「実装」できているかを示す必要に迫られています。ブランディングとソートリーダーシップが重なる領域について聞きました。
ビジョンを語るだけでなく、組織に「実装」できているかが重要に
――企業のブランディングはどのように進化してきましたか。
佐藤 元々の語源は、欧州の古ノルド語で「焼き印を付ける」という意味の「ブランドル(BRANDR)」だといわれています。所有者のマークを牛に刻印し、他と差別化する仕組みでした。それが社会の変化とともに従来の「記号」の役割から進化し、今日では、企業や製品の世界観を社会に伝えたり、独自の価値観を発信していく活動を指す言葉になっています。
最近では、製品やサービスを発信するだけでなく、企業の理念や未来ビジョンを発信していくことが重要になっています。イメージとしては、「パーセプション」に近いです。「認識」とか「ものの見方」といった意味ですね。
つまり、これまでのブランディングは消費者の「インプレッション(印象)を変える」ことが目標でした。それが今、「パーセプション(認識)を変える」という方向へ変化していると感じています。
――そうした変化の背景には、何があるのでしょうか。
佐藤 ビジネス環境の急速な変化があります。GAFAの登場が1つのきっかけとなりました。続いて、コロナ禍や国際紛争に伴う社会不安が相次ぎ、世相が大きく変化しています。
前述したようにブランディングは、商品やサービスを発信することから、企業の理念やビジョンを発信するものへと進化してきました。しかし近年、人々の関心が大きく変化しています。企業が理念やビジョンを語っても、それだけでは「共感」を得られなくなってきているのです。
理念やビジョンを打ち出すだけでなく、具体的な行動を示すことが重要になっています。変化する社会のうねりに対し、企業がどのようなポジションを取っているのか。どのような思想を語り、それをどう具体的な行動につなげているのか。明確にすることが求められているのです。
消費者への対応も変化しています。これまでは、市場調査によって消費者のニーズを掘り起こし、それにしっかりと応えるブランドが強いといわれていました。しかし今日では、消費者を先制し、企業側から新たな価値を提案していく必要があります。その1つの手法として、ブランディングの視点からもソートリーダーシップが注目されているのです。
「遠い先の未来を語るより、今を切り取ってほしい」という市場の期待感が高まっています。企業やブランドには、消費者がまだ気づいていない裏側のペインポイントに先に気づき、アプローチすることが期待されています。
――「未来を語るより、今を切り取る」とは、どういう意味でしょうか。
佐藤 ブランディングの基本が「未来志向」にあることは変わりません。未来を語ることは、もちろん重要です。しかしコロナ禍や国際紛争、気候変動など、先行きへの不透明感が大きくなる中で、例えば「2030年をこう予測し、私たちはこう動きます」といわれても、実際にどうなるかは誰にもわからないわけです。
企業は未来のビジョンを語りつつも、「だから私たちは今、このように行動しています」という、「今」や「行動」を具体的に打ち出せるかどうか。そこに生活者や投資家の関心が集まっています。具体的な行動として何を「実装」しているのか、今はそこを特に見られているのです。
日本企業の課題は「明確なポジションを打ち出せないこと」
――佐藤さんの考えるソートリーダーシップとは、どのようなものでしょうか。
佐藤 ブランディングにおいての差別化戦略を支える手法のひとつです。当社は「Brands as acts of leadership」というテーマを掲げています。「ブランドとはリーダーシップそのものである」という意味です。
背景には、前述した社会変化があります。これまでの企業の使命は、利潤を追求し、世の中を豊かにすることであり、気候変動や人権問題など、社会課題の解決は政府や自治体、NGOの仕事でした。しかし今、それが大きく変わっています。
著名なエデルマンの調査でも、その変化は明らかです。「社会の課題解決をどこの組織に期待しますか?」という調査で、従来はNPOやNGO、国際機関などが上位でしたが、企業への期待がぐっと上がっています。企業は独自の商品やサービスを提供するだけでなく、社会に対してどのような貢献をするのか、スタンスを明確にすることが求められているのです。
そこで、ソートリーダーシップが重要になっているわけです。企業は多くの人が集まる組織ですが、それがあたかもひとつの人格を持つように振る舞い、ミッションや信念を示すことが期待されています。商品やサービスを超え、ひとつの企業体として「世の中に対してどのような問いを立てるか」が求められています。まさに、ソートリーダーシップそのものだと思います。
――企業やブランドがソートリーダーになるためには、何が必要でしょうか。
佐藤 「誰が発信するか」がより重要になっています。従来はマーケターや事業部門の人が表に出ていき、ポイントをまとめたホワイトペーパーを出したり、メディアを通じて情報を発信すればよかった。でも今は、経営トップも前に出ていかなければなりません。ソートリーダーシップとは、経営の手法そのものだからです。
前述したように、社会の関心や期待は商品やサービスではなく、企業自体なのです。経営トップも自ら語り、主導することが求められています。欧米企業はその切り換えが早く、日本企業は遅れを取っているように感じます。
――経営トップが主導するソートリーダーシップとは、どのようなものでしょうか。
佐藤 まだ正解はないと思いますが、一つ目のステップとして、まずどこへ向かっている組織なのか、企業としての方向性を経営者と社員がしっかりと共有し、認識する必要があります。経営者だけが頑張っても意味がありません。ミッションやパーパスのような形でソートを可視化し、組織の旗印とする必要があるでしょう。それをベースにあらゆる事業活動が紐づき、展開されていきます。
二つ目のステップは、「それ(ソート)をどう実現していくか」です。このあたりから、ブランディングの話になってきます。今日のブランディングでは、企業としての「人格」や「独自性」が重要になります。
例えば、同じ化粧品会社でも資生堂さんとポーラさんとでは、取り組み方やアプローチが異なるはずです。仮にテーマが同じだったとしても、歴史やカルチャー、ミッションなどが違えば、ソートリーダーシップの方向性は変わってくるでしょう。これをしっかりと定義・可視化して、経営者、従業員、顧客、投資家を含むあらゆるステークホルダーで共有する必要があります。
三つ目のステップで「それ(ソート)をどう世の中に出していくか」という段階に来たとき、日本企業には経営トップの顔が見えないソートリーダーシップが多いと感じています。ブランディングの文脈が、商品やサービスから企業自身へと移っているのに、なぜ社長が自ら語らないのか。そのあたりに、日本企業特有のリスクヘッジの考え方があるようにも思います。
ソートリーダーシップには、一定のリスクがあります。リスク覚悟で企業としてのポジションを明確化し、世の中に先制しなければなりません。先駆性を打ち出せば、必ず賛否両論が出てきます。反対意見を恐れる優等生的な発想があると、明確なポジションを打ち出しづらくなります。日本企業の課題感はそうしたところにあると感じています。
「実装型ソートリーダーシップ」の文脈で語れ
――企業は今後、どのようなソートリーダーシップを目指す必要がありますか?
佐藤 少し前までは、皆が「課題解決型ソートリーダーシップ」を目指していたと思います。「どのような問いを立てるか」にオリジナリティを出そうとする試みですが、徐々に同質化していると感じます。問いの立て方「だけ」に注目しても、差別化戦略としてのソートリーダーシップは有効に機能しません。
では、どうすればよいでしょうか。私は「実装型ソートリーダーシップ」が必要だと感じています。倫理観や価値観、パーパスなどを、組織や企業活動の中にどう「実装」するかを語るべきです。
例えば「社会貢献」という価値観を打ち出すとすれば、米Salesforceが打ち出している「1-1-1」というモデルは、1つのお手本になると思います。「製品の1%、株式の1%、就業時間の1%を活用してコミュニティに貢献する」という、直観的かつわかりやすいコンセプトで企業活動に「実装」しています。シンプルですが、よく考え抜かれたソートです。
いま、日本企業は「実装」に悩んでいると思います。社会課題にまつわる「問い」を立てることに一所懸命で、行動にまで意識が届いていないように感じます。どういう行動につなげれば、人から信用してもらえるのか。「実装」の面で唯一無二の形を作り、リードできるかどうかで差がつきます。
――問いを立てる段階から、「実装」へと向かう段階が難しいのですね。トップが語るだけでなく、組織のカルチャーも変わらないと、実効性が出てこないように思います。
佐藤 その通りです。「カルチャーブランディング」は、ブランディングの重要なキーワードになっています。組織のカルチャーは、従業員の振り付けを変えるだけでは変わりません。一人ひとりの価値観を変えていく必要があります。実際にお客様からそのような相談をいただくことが増えています。
私はよく「実装力」と「自創力」が必要だとお話ししています。実装は「行動までつながっていますか」ということ。自創とは「他から借りてきたものではなく、自ら創り出していますか」ということです。
例えば「社内ベンチャー制度」を設ける企業が増えましたよね。従来それは「若手を元気にしたい」とか「若手にチャンスを与えたい」といった、ある意味では「上から目線」の発想からのものでした。
一方最近では、若手の感性を生かして社会課題の解決と事業への「実装」、新規事業の創出などを模索し、そこに活路を見出したいという企業が増えています。それらは自社のカルチャーから生まれてこなければなりません。そのために、独自のカルチャーを作る「カルチャーブランディング」が求められているのです。
リスク覚悟で「やらないこと」を決め、スタンスを明確化する
――先ほど言及されたSalesforceは、賛否両論のある領域に自ら乗り込んでいますね。その狙いは、どこにあるのでしょうか?
佐藤 「自分たちの考えに賛同してくれる人だけでよい」というメッセージです。裏返せば、「非賛同者は来ていただかなくて結構」というスタンスであり、これが今日のブランドリーダーシップのあり方なのでしょう。ブランドとして「やらないことを決める」とか「捨ててよいものを決める」ということですね。
違う意見は必ず出てきます。それを受け入れることが、とても重要になっています。「あなたはどう思うのか、私はこう思う」という「信念」が、嘘の無い世界に問われているように感じます。
コモディティ化が進み、性能やクオリティで他社を圧倒できる商品やサービスが少なくなり、どの市場も小さい差分の戦いになっています。だからこそ、企業やブランドとしてお客様の心を掴み、「共感」を得ることが大切になっているのだと思います。消費者の心の支えになりそうな部分で網を掛けていくことが、マーケティングの重要な手法になっていると感じます。
――ソートリーダーシップの参考になる事例として、注目されているものはありますか?
佐藤 たくさんありますが、最近は教育分野に注目しています。少子化が進む中で、ソートリーダーシップの動きが徐々に広まってきているように思います。
ある高等専門学校では「モノをつくる力で、コトを起こす人」という学生像を掲げ、「テクノロジー」「デザイン」「起業家精神」を養うカリキュラムを展開しています。「保育園留学」というコンセプトを掲げて「1~2週間家族で地域に滞在するこども主役の暮らし体験」を提供している企業の取り組みなども興味深いです。
教育という中心的なテーマを持ちつつ、社会性のあるものとリンクさせ、カテゴリーを超えて新たな価値を創出し始めています。地域のブランディングにもつなげるなど、キラリと光るものを感じます。
――ソートリーダーシップを実践する中で、ブランディングのノウハウはどのように役立つのでしょうか。
佐藤 ソートリーダーシップとブランディングは、かなり一体化してきていると見てよいでしょう。ブランディングとマーケティングはその歴史の中で垣根がなくなってきました。そこへ新たにソートリーダーシップも加わっています。今、3つの円が重なり合ったベン図ができていると思います。
前述した当社の「Brands as acts of leadership」というテーマも、ブランドという手法を使ってリーダーシップを表明していこうという挑戦です。新しい市場の創出は、ソートリーダーシップの目的であり、ブランディングの目的でもあります。ブランディングとは、「モノを選ぶお客様の価値観を変える」ということに他ならないのですから。
リーマンショックの時もそうでしたが、ビジネス環境の変化によって一時的に業績を落とすことがあっても、ブランド価値の高い企業は、そこからの立ち上がりがとても早いです。その意味で、ブランディングとは企業の体幹を鍛える仕事だと認識しています。
当社が毎年主催しているアワード「Japan Branding Awards」では今年2024年、評価の視点をリニューアルしました。
私たちが本気で信じている言葉に、「ブランディングには世界を変える力がある」という言葉があります。なぜなら、ブランディングは人の価値観を変えるからです。ものごとの捉え方や、解釈の軸を変えることができます。
従来は「自分たちは何者か」を定義し、しっかりと仕組み化し、表現している点を評価の主軸にしてきましたが、今年から「変化に合わせて柔軟に変貌し続けているか」「具体的な体験まで落とし込めているか」などの視点を加えています。先行き不透明な現代の価値観に対応した新たなブランディングの評価と発信を、今後も行っていきます。
<取材を終えて>
「遠い先の未来を語るより、今を切り取ってほしい」。ブランディングの最前線が変わってきていることに気づかされる言葉であり、ソートリーダーシップの視点からも目が覚めるような鋭い示唆でした。消費者の考える裏側にまで想像を働かせて嘘のないペインポイントを見つける。ブランディングの観点から見て、企業は今、理念やビジョンを打ち出すだけでなく、具体的な行動を示すことが「共感」を得るためには重要といいます。未来のビジョンを語りつつも、「だから私たちは今、このように行動しています」という、「今」や「行動」を具体的に打ち出せるかどうか。企業はそこを見られているという話は印象的でした。そこで、ソートリーダーシップが重要になるという指摘は説得力があります。企業があたかもひとつの人格を持つように振る舞い、ソートを示し、行動することが期待されている。深く頷き、学びと気づきに富んだ話でした。
企画・制作・編集:IISEソートリーダーシップHub(藤沢久美、鈴木章太郎、塩谷公規、石垣亜純)