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ソートリーダーの哲学が時代を切り開く! ~BtoBマーケティングの第一人者、庭山一郎氏が本質に迫る~

革新的な考えを世の中に提示し、共感によりステークホルダーを共創へ誘引することで、新しい顧客や市場を創造するマーケティング手法の1つである「ソートリーダーシップ(Thought Leadership)」。その重要性を多角的に考察するために、各専門家にインタビューする第一弾は、日本におけるBtoBマーケティング分野の第一人者である、シンフォニーマーケティングの庭山一郎氏です。「ソートリーダーは最上位のリスペクトを表す言葉」、「ソートリーダーには哲学が必要」といった示唆とともに、日本のBtoB企業を元気にするマーケティングの本質に迫りました。


日本のBtoB企業はマーケティングを強くするだけで輝ける


――長年、日本のBtoBマーケティングの第一線で活躍されてきた、庭山さんは「ソートリーダーシップ」をどう捉えていますか。
 
庭山 ソートリーダーシップをまだ定義できていないのですが、ソートリーダーにはあるイメージを持っています。カンファレンスでゲストスピーカーを呼び込む際、オピニオンリーダー、キーパーソンなど様々な紹介の仕方がある中で、「ソートリーダー」は最上位のリスペクトを表す言葉なのです。数年前、BtoBマーケティングのイベントに登壇した時に、「日本のBtoBマーケティング分野のソートリーダー」と紹介されました。ソートリーダーは、インダストリーを代表する人、方向性を示す人と思っていたので、非常に感慨深かったですね。

シンフォニーマーケティング 代表取締役 庭山 一郎 氏

――BtoBマーケティングの豊富な知見から、日本企業におけるマーケティングの状況をどう捉えていますか。
 
庭山 日本企業は今も、いいものを作り、生産技術も素晴らしい。プロパーも多いため愛社精神も強く、自社の技術や製品に対するプライドも高い。足りないのはマーケティングだけです。ただし、マーケティングが弱過ぎるのです。
 
大学受験に例えるなら、マーケティングの偏差値が30では、他の科目の偏差値が70だとしても、不合格です。マーケティングの偏差値で70を取ってほしいとまでは言いません。グローバルの平均偏差値となる60まで持っていくことができれば、まだまだ世界で輝くことができます。
 
留意すべき点は、このまま何も手を打たないと、10年後にはマーケティングだけが遅れている状況ではなくなり、すべての偏差値が下がってしまう。競合国の生産技術向上、人材不足や人材の流動化も進み、日本のものづくりの強みが薄れていくからです。
 
今、トップの強い意志のもと、BtoBマーケティングに本気で取り組むことが、日本のBtoB企業復活につながると考えています。
 
――日本のBtoB企業においても、マーケティングを必要と考える経営者は増えていると思います。本質的な課題はどこにあるのでしょうか。
 
庭山 戦後から長い間にわたり日本のBtoB企業には、マーケティングが必要ありませんでした。右肩上がりの売り手市場が長く続いたからです。サブプライム・モーゲージ・クライシス(リーマン・ショック)後に、状況は大きく変わりましたね。日本のBtoB企業も市場から「選ばれる」ための動きを求められるようになり、マーケティングに取り組む企業も増えてきたのです。
 
しかし、いち早く取り組んできた海外と比べて、日本のBtoBマーケティングは15年遅れていると考えています。海外との差を埋めるためには、自社におけるマーケティングを定義することが必要です。マーケティングを通して何をするべきか。トップと現場が共通認識を持っていなければ、マーケティングは機能しません。
 
シンフォニーマーケティングでは、BtoB企業が取り組むべきマーケティングを3つに整理しています。1つ目が、世界の市場動向を探るリサーチ。2つ目が、社名や製品のブランド力を高めるブランディング。3つ目が商談を作って、その商談を営業や販売代理店の営業に安定供給するデマンド。日本のBtoB企業が圧倒的に遅れているのが、このデマンドです。発想を変えれば、デマンドを強化することで、15年の遅れを一気に取り戻すことができます。
 
――デマンドの重要性はどこにありますか。
 
庭山 リサーチもブランディングも大事ですが、売上から見たら遠い施策と言えます。デマンドは上手くいけば売上が跳ね上がるのです。一方で、デマンドを持っていない日本のBtoB企業は、大きなハンディキャップを背負ってグローバルで戦うことになります。
 
重要なポイントは、見積もりで叩きあうわけではなく、空中戦で勝負が決まってしまっているという点です。海外のBtoB企業は、日本企業よりもはるかに早く顧客のペインを見つけ、そこに対して提案を行い、商談をクローズさせる。競合に勝負する機会を与えないというのが、デマンドを活用したマーケティング戦略です。

――日本のBtoB企業がデマンドを持つために必要な要素は何でしょうか。
 
庭山 米国で2000年頃から普及し始めたMA(マーケティングオートメーション)は、デマンドを担う組織であるデマンドセンターのプラットフォームとして生まれました。現在、MAを導入した日本のBtoB企業は2万社を超えていると思います。ところがそのうち、導入成功と言えるのは1%にも満たない。当社では、売上全体の10%がマーケティング由来の売上と分かっている状態を「MA導入成功」と定義しています。
 
多くの日本企業は、MAをメール配信でしか使っていません。どのようなマーケティング戦略を実現したくて、MAを導入したのか。MAを使って良質なマーケティングを行うためには、十分なナレッジとリソースを持った組織の存在が不可欠です。戦略も組織もなく、MAという道具だけがあっても意味がないと思います。MAは、あくまでも戦略を実現するためのツールに過ぎません。
 
経営戦略とマーケティング戦略は本来、背中合わせです。CEO(最高経営責任者)が描いた経営戦略を裏打ちするのが、CMO(チーフ・マーケティング・オフィサー、最高マーケティング責任者)によるマーケティング戦略です。2つの戦略が重なり合ったうえで、MAを使いこなすことにより営業生産性向上、競争力強化が図れます。

BtoBマーケティングの最前線では原点回帰が起きている


――生成AIなどテクノロジーの進化によってマーケティングはどのように変化していくのでしょうか。
 
庭山 2023年は、どこのBtoBマーケティングのカンファレンスでもテーマはすべてAI(人工知能)でした。今、米国のマーケティングソリューションでAIを実装していないものはほとんどないと言っても過言ではありません。
 
カンファレンスの質問タイムでは「マーケターは、AIによって仕事を失うことになりますか?」という話題がよく出ていました。いくつか答えを聞く中で、「なるほど」と思ったのが、「AIは人間の仕事を奪いません。AIを使いこなせる人間に仕事を奪われるのです」という指摘でした。
 
今後、マーケティング分野ではAIの活用が一層進んでいきます。では、人間(マーケター)は何をすべきなのか。MAなどのツールの操作やビッグデータの分析はAIに任せ、戦略を立てるなどマーケターにしかできない領域に注力しようという、原点回帰の動きが出てきています。今、若いマーケターが学んでいるのは、私が大学1年生の時にインスパイアされ、マーケティングの道に入った米国の経済学者セオドア・レビットの「マーケティング近視眼」といった古典です。デーヴィット・アーカー、フィリップ・コトラー、ピーター・ドラッカー、エベレット・ロジャーズなど、カンファレンスの登壇者がマーケティングのレジェンドの名前を出す機会も多くなったと感じています。マーケターが勉強すべきは、テクノロジーではなく、マーケティングそのものというのがトレンドとなってきました。

――40年以上マーケティング一筋で培った知見から考える、マーケティングの本質とは何でしょうか。
 
庭山 私がマーケティングを学び始めた40数年前、マーケティングの要諦は3R(ライトパーソン、ライトインフォメーション、ライトタイミング)であると教わりました。商品の選定や購入に関与する可能性があるのは誰か。その人が欲している情報は何か。そして、その人が喜んで情報を受け取ってくれるのはどのタイミングか。今も3Rという原理原則は変わらないと思います。ただ、3Rを実現するためのテクノロジーが幾何級数的に増えています。
 
私の友人であるスコット・ブリンカー氏は毎年、マーケティングテクノロジーをまとめたランドスケープをつくっています。ランドスケープに登場するブランド数は、2013年頃が300種類、10年後の2023年では11,000種類に増えました。今や、デジタルマーケティングという言葉は実質的に死語となりましたね。デジタルを使わないマーケティングは、ほぼないと言えるでしょう。つまり、原理原則は変わらないけれど、3Rを実現する道具は現時点でも11,000種類あるということ。道具を選択するノウハウも必要ですが、道具はあくまでも手段であり、大事なのは戦略と組織です。
 

かつて日本には、ソートリーダーがたくさん存在していた


――原点回帰、本質が大事というお話がありました。日本にもソートリーダーはたくさんいたと思います。ソートリーダーの本質とは何でしょうか。
 
庭山 あくまでも私の考えですが、ソートリーダーには成功しお金を儲け、経営する企業を成長させるだけでなく、フィロソフィー(哲学)の要素が求められると思います。この哲学的要素こそ、ソートリーダーが最上位のリスペクトを表す言葉である所以ですね。例えば、アップル創業者のスティーブ・ジョブズは、ソートリーダーと呼ぶべきでしょう。アップル製品を使う前後でその人の生活がガラリと変わってしまう。世の中を良くするために製品を創り続けたからです。

ビジネスで世の中を変えてきた人は、すべてソートリーダーだと思います。例えば、京セラ創業者の稲盛和夫氏。インテルの創設者であるゴードン・ムーア氏は、起業前に稲盛氏のもとを訪れました。京セラの積層パッケージ技術がなければ半導体をつくれない。安定供給を確約してもらうためでした。稲盛氏が「オーケー」と言ったことで、インテルは創業できたのです。稲盛氏と京セラは、積層セラミック分野のソートリーダーです。プロとプロの間で取引が行われるBtoBにおいて、特定分野の第一人者というポジションの確立は、マーケティングの重要な要素となります。
 
かつて日本には、ソートリーダーがたくさんいました。セコムの飯田亮氏もそうですね。安全とは警察が守るものだという常識を覆し、民間企業が提供するセキュリティー分野を開拓し普及していきました。ソニー、パナソニック、リクルートなどの創業者もソートリーダーです。これまでなかったものやサービスをつくり、新しい価値を提供するのがソートリーダーの本分だと思います。結果として、利益が上がり、企業が大きく成長していく。やはり、時代を切り開くビジネスを創出するためには、哲学が大事ですね。マーケティングの究極は世の中を良くすることだと私は思っています。
 
 

<取材を終えて>

「ソートリーダーは、最上位のリスペクトの言葉」という指摘は、本質を突いていると感じました。世の中をよくしたいという哲学こそが、ソートリーダーシップの根幹を為すと考えるからです。振り返ってみると、日本にもソートリーダーはたくさん存在していました。時代の突破口となるのがソートリーダーの活躍であり、ソートリーダーシップの取り組みであることは歴史からも明らかであることを、今回再認識しました。また、商談の機会を作るデマンドや、3R(ライトパーソン、ライトインフォメーション、ライトタイミング)は、ソートリーダーシップの取り組みと連動することでさらに強化できると思いました。

インタビュイー:シンフォニーマーケティング 代表取締役 庭山 一郎 氏

中央大学卒。1990年にシンフォニーマーケティングを設立。数多くのマーケティングプロジェクトを手がける。1997年よりBtoBにフォーカスした日本初のマーケティングアウトソーシング事業を開始。各産業の大手企業を中心に国内・海外向けのマーケティングサービスを提供する。海外のマーケティングオートメーションベンダーやBtoBマーケティングエージェンシーとの交流も深く、長年にわたり世界最先端のマーケティングを日本に紹介している。IDN理事。中央大学大学院ビジネススクール客員教授。著書に『儲けの科学 The B2B Marketing』『BtoBマーケティング偏差値UP』『究極のBtoBマーケティングABM(アカウントベースドマーケティング)』『ノヤン先生のマーケティング学』ほか多数。

シンフォニーマーケティング https://www.symphony-marketing.co.jp/

企画・制作・編集:IISEソートリーダーシップHub(藤沢久美、鈴木章太郎、塩谷公規、石垣亜純)

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