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欧州の新デジタル戦略“Web4.0”――EUのビジョンと価値観に沿う標準化推進(前編)

国際社会経済研究所(IISE)のThoughtsデザイナーの気付きを掲載するnote、今回は欧州委員会のメタバースに関する新戦略“Web4.0”を取り上げます。
 
欧州連合(EU)はこれまで脱炭素等、国際標準となるルール形成を主導し新市場を創出してきました。Web4.0についても、したたかにEUの価値観に沿ったルール作りを進め、この領域での主導権を握ろうとしています。
 
国境を越えるサービスであるメタバースは何十億もの個人がアイデンティティや教育、金融サービス、医療、その他の新たな機会にアクセスできるようになる可能性を秘めており、日本企業にも参入の動きがみられます。EUは今回、人材・スキル育成、ビジネス、政府の施策、ガバナンスを中心にルール形成を進める見通しですが、議論の行方次第では日本企業のビジネス上の障害になり得る可能性があり、注意を払う必要があるでしょう。
 
ここでは、新戦略”Web4.0”がどのようなものなのか、我々のビジネスや生活にどのような影響を与える可能性があるのか、解説します。


1.“Web4.0”の定義と狙い――Web4.0/仮想世界の産業を欧州がリード


欧州連合(EU)のデジタル戦略として、欧州委員会が7月に新戦略“Web4.0”を採択しました。次世代インターネットWeb3のさらに“次”のコンセプトとして位置付け、「高度な人工知能とアンビエント知能、モノのインターネット、信頼できるブロックチェーン・トランザクション、仮想世界、XR機能を使用したデジタルと現実の環境を統合したもの」と定義しています。自身の情報を自身で管理する非中央集権的なWeb3に加えて、AIやIoT、仮想現実等のテクノロジーをあわせた世界観。日本のSociety5.0を連想させますが、EUのビジョンと価値観に沿ったWeb4.0標準ルールを押し出しWeb4.0/仮想世界の産業を欧州がリードする構えを示した点がポイントです。日本企業にとっても無関係とはいえない、この新戦略の目的と内容、その意味についてひも解いてみました。

※欧州委員会のプレスリリース:EU strategy to lead on Web 4.0 and virtual worlds (europa.eu)

2.新戦略4つの柱――多層的な視点で取り組む

EUのエコシステム構築に向けサンドボックス環境も

EUはかねてより、インターネットの世界でEUの主権を確立し、人間中心で持続可能なデジタルの未来を実現する方針を示しています。これを前提に、欧州委員会は今回の新戦略において、次の4つの柱を強調しています。

1.  人々の意識を高め、信頼できる情報へのアクセスを促進する。仮想世界の専門家の人材プール構築のため、スキル強化を支援する。

2.   仮想世界とWeb4.0のバリューチェーンのさまざまなプレイヤーを結び付けるEUのエコシステムを生み出すため、加盟国と協力してサンドボックスを開発する。

3.   政府としては、現在推進する環境災害予測を目的とするDestination Earth(DestinE)、スマートコミュニティー向けのLocal Digital Twins、海洋・資源向けのEuropean Digital Twin of the Oceanなどのデジタルツインに加えて、都市計画・管理や政策立案に利用することができる“CitiVerse”や臨床上の意思決定または個人の治療をサポートする“European Virtual Human Twin”の2つのプロジェクトを立ち上げる。

4.   一部の大企業に支配されることのないよう、オープンで相互運用可能な仮想世界とWeb4.0のグローバルスタンダードを形成する。

プレスリリース“EU strategy to lead on Web 4.0 and virtual worlds”より筆者が一部抜粋・和訳。

デジタルや競争政策を担う欧州委員会のマルグレーテ・ベステアー上級副委員長の次の言葉に、狙いが込められていると言えるでしょう。

 「Web 4.0 と仮想世界は、健康に恩恵をもたらし、グリーントラジションへの移行に貢献し、自然災害をより適切に予測できるようになります。しかし、プライバシーや偽情報に関するリスクに対処するには、人々を中心に据え、EUのデジタル権利と原則に従って形作る必要があります。私たちは、Web 4.0 がすべての人にとって、オープンで安全、信頼できる、公正で包括的なデジタル環境になることを明確にしたいと考えています」

プレスリリース“EU strategy to lead on Web 4.0 and virtual worlds”より筆者が一部抜粋・和訳。


欧州委員会が示すWeb4.0・10の施策(Action)


欧州委員会が発表した「Web4.0と仮想世界に関するEUの取り組み」というペーパーから、多層的な施策が見て取れます。「仮想世界は、より良い医療サービス、より魅力的な教育や訓練、人々の新しい形の交流やコラボレーション、没入型の文化体験など、多くの社会分野に前例のない機会をもたらす」という考えを示したうえで、公共分野では人々に対してよりパーソナライズされた行政サービスを提供できるようになり、遠隔地での支援や、都市計画や地域生活の改善にも貢献できるようになると続けます。ヨーロッパのクリエイティブ・セクターがコンテンツプロバイダーとして重要な役割を果たすことも期待されています。
 
この10の施策、すでに着手し実行に移されています。例えば、Aciton1として示すEUへの専門人材の招聘とデジタル・コンテンツのクリエイターや仮想世界の専門人材のスキル開発支援(特に女性のIT人材の育成)、これはまさに一丁目一番地の政策と言えるでしょう。また、Web4.0/仮想世界産業を欧州がリードするためには産業のエコシステムを構築し、ビジネス環境を整えていく必要があります。その意味でも、Action4の欧州での産業・技術ロードマップの策定にも注目です。

表1 Web4.0 10の施策

“An EU initiative on virtual worlds: a head start in the next technological transition”
より筆者が一部抜粋し和訳・作成。

「欧州の新デジタル戦略”Web4.0”(前編)」では、欧州委員会の新デジタル戦略“Web4.0”採択の狙いと具体的な施策について解説しました。欧州の政策・規制は日本の政策にも影響を与える可能性があり、今後一つ一つの施策に注目すべきでしょう。後編は、このWeb4.0戦略採択のきっかけになった4月の欧州市民パネルによる23の勧告について説明します。


名和 達彦
国際社会経済研究所(IISE)Thoughtsデザイナー。新聞や電子メディアの経済記者・デスクとして日銀・日米の金融資本市場・コモディティ・国内企業等を長年取材した後、金融・経済情報会社にてFinTech領域のオープンイノベーション推進や、米サンフランシスコのFinTech企業や大手暗号資産交換業等へのスタートアップ投資を経験。現在、IISEにて金融/行政DX分野のThoughts デザインを担当する。プライベートでは、プロボノ活動として分散型科学を推進するDeSci.Tokyoをサポートしている。


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