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米国NASAで導入が進む政府からのアプローチ アンカーテナンシーとは?

宇宙開発技術を発展させる手段として、アメリカ航空宇宙局(NASA)が導入した「アンカーテナンシー」。アンカーテナンシーとは、「政府が民間企業の開発した製品およびサービスを継続発注および調達という形で購入する契約」のことを指します。

主に宇宙ビジネスで使用され、日本ではあまり浸透していない概念です。本記事では、アンカーテナンシーの特徴とその効用、実例について解説します。


アンカーテナンシーとは?


アンカーテナンシーとは、政府と民間企業との間で交わされる「企業が開発した製品・サービスを、政府が『継続発注および調達』という形で購入する」契約のことです。新しい産業の発展や安定化を図るために行われ、特にマーケットが成熟していない領域で有効とされています。

そもそも、どうしてアンカーテナンシーのような契約形態が必要なのでしょうか。

AIや次世代の通信システム、電気自動車など、我々の未来を豊かにする先端技術は日々登場していますが、実用化に至るまでには、それに耐えうる技術の開発や安定供給ができる生産体制の構築が欠かせません。

まだ市場が成熟していない新しい産業を育むには、時間だけでなく、一定のコストが必要。そして時間を掛けて開発した製品によって企業が十分な収益を上げられるかも、市場によって大きく左右されます。宇宙ビジネスに限らず、多くの研究において事業化や市場形成までの道のりは長く険しく、その道半ばで頓挫してしまうことも少なくありません。

この「事業化までの過程にある障壁」は通称「魔の川」や「死の谷」と呼ばれており、事業化の道における大きな関門とされています。

アンカーテナンシーは、政府が民間企業の「最初」かつ「継続的な顧客」となって製品を購入する契約を通して、企業側に開発に際した一定の利益を担保する、というもの。

企業側にとっては、政府からの支援を受けることで事業開発にあたって発生するリスクが軽減される、今後新たな市場を作ることが予想される新製品をいち早く手掛けられる、というメリットがあります。政府側にとっては、開発の後押しをするだけでなく、研究開発から製品化のプロセスを民間企業に任せることで、産業の安定化を図ることができます。

アンカーテナンシーは、政府と民間企業、双方にメリットを還元しながら事業化の過程における「魔の川」を乗り越えるため、政府と民間企業との協力を促すシステムとも言えます。

アンカーテナンシーによってもたらされるものとは?


政府がアンカーテナンシーによって民間企業の開発推進をすることで、宇宙産業および宇宙ビジネスには、どのような効果をもたらすのでしょうか。大きく以下の2つが挙げられます。

民間企業成長の大きなきっかけに

国が民間企業のロケットや衛星データなどの技術や製品、サービスを調達することで、一定の有効需要が生まれます。

また、民間企業にとってはアンカーテナンシーによって政府と契約を結ぶことが、銀行やファンドによる新たな出資の生む呼び水となることも。その結果、企業は新しく得た資本をもとに製品やサービスのさらなる改善に努めることができるようになります。

官民での分業による、技術レベルの引き上げ

かつては、国家主導型の宇宙開発が主たるものでした。ただ、宇宙ビジネスに投じられる財源は税金となるため、国民にその成果を示す必要があります。そのため、大胆なイノベーションが起こりにくく、技術の進展には一定の時間がかかってしまいます。

しかし、研究開発は国家主導、実用化や商業化は民間主導と明確に役割を分担することで、民間企業は収益源の確保や資金調達に追われることなく、技術の実用化・商業化に専念できます。また、実用化・商業化のプロセスで技術をアップデートしていけるため、結果的に早いスピードで技術レベルが向上します。

アンカーテナンシーの実例


アンカーテナンシーの代表例として知られているのが、アメリカ航空宇宙局(NASA)が行った「COTS計画(Commercial Orbital Transportation Services、商業軌道輸送サービス)」です。

このプログラムを通じて、さまざまな民間スタートアップが輩出されました。イーロン・マスク氏が代表を務めるスペースXもその1つで、2008年、当時の価格で2億7,800万ドルに及ぶNASAとの大型開発契約を獲得し、大きな躍進を果たしました。

COTSが行ったことで特徴的だったのが「固定価格方式」を採用したことです。

従来、宇宙ビジネスの契約形態は、開発にかかった費用に応じた金額を支払う「コストプラス方式」が一般的でした。しかし、この契約形態では開発でかかった分だけ利益をもらえる構造であり、民間スタートアップにはコスト削減のインセンティブが働かないことが課題とされていました。

そこで、COTSはコストプラス方式ではなく、一般的な商取引と同じように、あらかじめ定めた価格で取引をする「固定価格方式」を採用しました。これによって競争原理が働き、コストダウンを実現するために、各社ともさらなる技術革新に向けて開発を進めるようになったのです。

日本ではアンカーテナンシーの活用は進んでいません。官需が市場の大半を占めている状況で、衛星ビジネスに取り組む企業や団体への支援や、衛星データの利活用事例の紹介を通して民需を確立させることが急務といえるでしょう。

しかしながら、政府が2023年に発表した宇宙基本計画の最新版では、SBIR制度(Small Business Innovation Research)や、アンカーテナンシーの活用、JAXAによる技術・知見や施設設備供与などを通じて、民間スタートアップへ研究開発や事業支援を拡充することが記載されていることから、スタートアップ支援に本腰を入れている姿勢が伺えます。

アンカーテナンシーは、市場拡大の起爆剤として非常に有効な施策の1つであり、我が国でもすでにその動きがみられます。ただし、安易にアンカーテナンシーを行うと民間企業が政府の資金に依存してしまう恐れもあります。

NASAがマイルストーン方式で段階的に育成したように、ただ資金を援助するだけではなく、技術供与や教育プログラムもセットで行うなど、スタートアップ企業が自律的に育つような仕組みや基盤を作ることが肝要といえるでしょう。


企画・制作:IISEソートリーダシップ「宇宙」担当チーム
文:俵谷龍佑 編集:伊藤 駿(ノオト)

参考記事


『宇宙ベンチャーの時代 経営の視点で読む宇宙開発』小松伸多佳・後藤大亮著、光文社新書

宇宙基本計画』内閣府・宇宙開発戦略本部

日本の宇宙開発のあり方ー提案』北爪進

令和元年度次世代宇宙プロジェクト推進委員会報告書』 日本航空宇宙工業会

【打ち上げ成功】野口さんも搭乗、イーロン・マスクの「民間宇宙船」が世界の期待を集める理由…そのあまりに苦闘の道のり』BUSINESS INSIDER JAPAN

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