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軌道上に増え続けるスペースデブリ 「ケスラーシンドローム」を避けるための対策とは

政府や民間企業による宇宙開発ビジネスが加速し、地上から宇宙へ向けて送り込まれる宇宙機は年々数を増やし続けています。JAXAの調査によると、2019年時点では年間490基だった人工衛星をはじめとした宇宙機の打ち上げ数は、2022年には2368基に。今後も、軌道上に投入される人工衛星はより増えていくことでしょう。

そんな中で、今後も宇宙開発を続ける上で大きな課題になっているのが、地球の軌道上を漂う宇宙ゴミ、つまり「スペースデブリ」対策です。

宇宙に漂うミッション終了後の人工衛星や機体のパーツや残骸であるスペースデブリ。それが現在、どのような問題を引き起こしているのでしょうか。そして、スペースデブリが増え続けた結果として起きるとされている「ケスラーシンドローム」とは。

現在のスペースデブリに関わる課題についてまとめました。


軌道上に漂う、1億個以上の宇宙ゴミ「スペースデブリ」

スペースデブリ(以下、デブリ)とは、地球の軌道上に漂う不要な人工物、つまり宇宙空間に漂う「ゴミ」のことです。

政府や民間企業による宇宙開発の結果、地球から数え切れないほどの宇宙機(宇宙船や人工衛星のこと)が大気圏外へ打ち上げられました。ミッション終了後は地球に帰還する宇宙機もあるものの、中には人工衛星のように、ミッションを終えたきり軌道上に放置される宇宙機も。またロケットの一部や破損した宇宙機など、打ち上げた人工物の一部が、地表に戻らず、軌道上に残ってしまう場合があります。

こうして人の手で回収が困難になり、軌道上に残留する「宇宙ゴミ」のことを、「スペースデブリ」と呼びます。ちなみに宇宙機を含めた軌道上の人工物のうち、9割以上がデブリ。故障した、またはミッションを終えた人工衛星や破損した宇宙機の破片やパーツが、今なおデブリとして、軌道上に漂っているのです。

JAXAによると、現在観測・追跡されているデブリの数はなんと1億以上にもなります。サイズは大小さまざまで、10センチ以上のデブリが約2万個、1センチ以上10センチ未満のデブリが50〜70万個。1ミリ以上1センチ未満の小さなデブリに関しては、なんと約1億を超える数があるとされています。

スペースデブリがその数を増やすようになったのは、政府や民間企業の宇宙開発事業が加速する21世紀以降。宇宙機の打ち上げだけではなく、事故や実験等の要因で、デブリは数を増やし続けています。

過去には、中国が軌道上の自国の人工衛星の破壊実験を行ったことで、3,000を超えるデブリが新たに発生したことが大きな問題になりました。2009年には、米国イリジウム社の通信衛星「イリジウム33号」とロシアの軍事通信衛星「コスモス2251号」が衝突。この事故で、新たに少なくとも500個以上のデブリが生まれたとされています。

軌道上のなかでもデブリの密度が高いのが、地表2,000キロメートル以内の低軌道上と、地表36,000キロメートルの静止軌道上。スペースX社に代表される民間企業による大規模な衛星コンステレーションは、小型人工衛星を用いて低軌道上に構築されており、デブリと人工衛星とで、一部の軌道はより混雑していくことが予想されます。

デブリが宇宙機と衝突、さらなるデブリを生む恐れも


では宇宙空間にスペースデブリが増えると、実際にどのような問題が起きてしまうのでしょうか。

スペースデブリは、地球の軌道上を猛スピードで飛んでいます。そのスピードは、地球の低軌道(地表約2,000km)上のデブリだと秒速7〜8km。例えば新幹線は秒速約70〜80mであるため、その約100倍ものスピード、ということになります。デブリと同じく軌道上を飛んでいる人工衛星と衝突する場合、その相対速度はなんと秒速約10kmになることも

そんなスピードで物体同士が衝突したときに発生する衝撃はかなりのもの。直径が1cmに満たないデブリであっても人工衛星の致命的な故障のきっかけになり、さらに大きい10センチ未満のデブリが衝突した場合は、その衝撃で人工衛星が粉々になるほど、と計算されています。

実際に、デブリが人工衛星に衝突し、ミッション継続が困難になった事例も起きています。1996年には、フランスの人工衛星「スリーズ」がデブリと衝突。このデブリの正体は、衝突事故の約10年前に軌道上で破壊されたアリアンスペース社開発のロケット破片だったことがわかっています。

フィクションの世界では、2013年の映画『ゼロ・グラビティ(原題:Gravity)』でも、恐ろしいデブリ事故の様子が描かれました。軌道上のスペースシャトルを大量のデブリが襲う様子をスクリーンで観たのを記憶している方もいるのではないでしょうか(動画00:15〜00:50が衝突事故のシーンの映像)。

デブリとの衝突対策のために軌道上の宇宙機が行うことは、「事前にデブリの接近を予期し、回避する」が基本です。事前にその軌道を予測し、衝突の危険性があるほどデブリと接近した場合は、宇宙機に搭載された推進装置などを利用して、自ら回避行動を取らなければいけません。

宇宙ステーションのような大規模な施設は、小型(直径1センチ以下等)のデブリが衝突しても施設の機能を損なわないよう設計されているものの、大型のデブリと接近した場合は、同様の回避行動が求められます。

軌道上にデブリが増え、その密度が高くなっていくと、デブリが宇宙機と衝突する危険性がより高まっていくでしょう。さらに深刻化すれば、軌道上の大型デブリ同士が衝突、それぞれが大量の破片となり、新たなデブリが生まれる状況も予測されています。

こういったデブリ同士の衝突によるデブリの自己増殖現象は、同シミュレーションを提唱したNASA科学者(ドナルド・J・ケスラー)の名前から「ケスラーシンドローム」と呼ばれています。

ケスラーシンドロームが始まると、人の手を介さなくてもデブリの数が増え続けていくことになります。こうした増殖現象でよってデブリに手を付けられなくなる前に、「デブリを回収する」「デブリを増やさない」等の手段を講じて、人の手でデブリ低減に務めなければいけないのです。

増え続けるスペースデブリ、その対策とルールは?


今後の宇宙開発に向けたデブリ抑制を実現するため、現在、各国際機関にてデブリに関するルール、およびガイドラインの整備が進められています。

現在、その基準となっているのが2002年に国際機関間スペースデブリ調整委員会(IADC)によって定められた「IADCスペースデブリ軽減ガイドライン」と、国際連合によって立ち上げられた国際宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)が2007年に設けた「国連宇宙空間平和利用委員会スペースデブリ軽減ガイドライン」です。

例えば2002年のIADCによるガイドラインでは、デブリ低減のために取り組むべきこととして、以下の4項目が示されています。

・    正常な運用で放出される物体の制限=通常の運用の過程において、デブリを放出しないように宇宙機を設計すること。

・    軌道上破砕の可能性の最小化=宇宙機を、運用中およびミッション終了後に、爆発や破裂を起こさないように設計すること。デブリが発生する意図的破壊行為を行わないこと。

・    ミッション終了後の破棄=ミッション終了後の宇宙機は、軌道上から十分に遠くまで移動させること。軌道寿命が短い軌道へ移動させるか、デオービットさせること。

・    軌道上衝突の防止=ミッション中に他物体との衝突の可能性を事前に想定すること。必要であれば、回避措置をとること。

※「=」以降は、同ガイドラインの内容を編集時に要約したもの

後のCOPUOSによるガイドラインはIADCが策定したそれに基づいて制作されたもので、それぞれ関係各国に対して、宇宙機の運用のなかで発生する様々な要因に関して、新たなデブリを生まないための手続きや留意点をまとめたものになっています。

具体的な手続きをまとめられてはいるものの、一方で上記2種のガイドラインは「自主的にデブリ低減を求める」ためにまとめられたもので、それを守らなかった団体にペナルティを課すような、法的拘束力を持つものではないことが、現在の課題になっています。

日本で行われているデブリ対策として代表的なものは、JAXAによる宇宙状況把握(SSA)システムです。

これは、レーダーや光学望遠鏡といった宇宙観測機器を用いることで、軌道上のスペースデブリの大きさや位置、軌道情報を把握するためのもの。実際に2万個以上のデブリの軌道を正確に把握しながら、デブリが衝突する可能性がある宇宙機には、それを運用者に情報提供して、宇宙の安全な利用と、新たなデブリ発生防止に努めています。

そして、デブリ除去のサービスを構想する民間企業も登場しています。「宇宙の持続可能性の確保」をスローガンに掲げてビジネスに取り組む株式会社アストロスケールは、運用終了後の人工衛星を捕獲・除去したり、現在軌道上を周回しているデブリを補足・回収したりするサービスを立ち上げ。JAXAと共同で研究を重ね、新しいビジネスの展開を計画しています。

スペースデブリ低減、そしてケスラーシンドロームの回避のためには、軌道上のデブリを「増やさず、減らす」ことが最優先。同社の取り組みが今後、より重要性を帯びていくのかもしれません。

華々しい宇宙開発ビジネスの裏側で、深刻度を増していくスペースデブリ問題。宇宙ビジネスに関わる一人でも多くの人が、その重要度を認識する必要があるでしょう。

企画・制作:IISEソートリーダシップ「宇宙」担当チーム
文:伊藤 駿(ノオト)

▼参考記事

スペースデブリに関する関係府省等タスクフォース『スペースデブリに関する今後の取組について』 ―内閣府

宇宙航空研究開発機構『スペースデブリに関する最近の状況』―環境庁

JAXA研究開発部門『スペースデブリに関してよくある質問』―JAXA

IADC スペースデブリ低減ガイドライン』 ―JAXA Space Law

国連宇宙空間平和利用委員会スペースデブリ低減ガイドライン』 ―JAXA Space Law

宇宙状況把握(SSA Space Situational Awareness)』 ―JAXA

アストロスケール, 宇宙の持続可能性の確保』―アストロスケール

内閣府宇宙開発戦略推進事務局『宇宙輸送を取り巻く環境認識と将来像』 ―内閣府