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捨吉の秋6

家に入ると山姥は手早く用意していた釜に米と水を入れ、竈門にかけた。
土間は竈門の火の熱で暖かかった。
「煮えるまで時間がかかる。まあ気長に待ってろい」
古い日本家屋は暗かったが山姥がキャンプ用のライトを出してきてくれたので捨吉にもあたりがよく見えた。
「人間のものがなんでもあるんだな」
捨吉が感心して言うと山姥は「お父さんと娘用だ」と捨吉が水を汲んできたペットボトルを見た。
「ふたりはやっぱり人間だものな。そのペットボトルだってもとはスポーツドリンクっちゅうのが入っとった。お父さんが風邪ひいたり、汗かいた時飲むとうまいちゅうて人里まで買い出し行った。重てぇ重てぇ言いながら買い出し行っとった。」
山姥は思い出に浸るように言った。
ケダモノは土間の隅の藁が敷いてある場所にうずくまり薄目を開けている。
ライトの光がまぶしいらしい。
捨吉はケダモノが抱いてきた犬のチロを撫でた。チロの身体が冷たかったのでこするように撫で続けた。
「チロ、チロ」と呼びかけるとペロペロ捨吉の指をなめた。
「やっぱりチロだ。親父が山の崖っぷちに捨てたと言うとったチロだ。」

あれは捨吉が9歳の時だった。
近所で犬の仔が産まれ捨吉はシズと一緒に見に行った。犬の仔は4匹いた。
もう目も開いて兄弟とじゃれあっている白い犬の仔どもはころころして可愛かった。
シズと捨吉は尻尾の先だけ少し茶色の毛になっているメスを一匹を貰い受けた。
捨吉がチロと名付けた。
チロは捨吉の1番の友達になった。
親父も最初は仔犬に芸を教えるだの、しつけをちゃんと教えるだの言った。
まともな親父の時はチロを可愛がっていた。
しかし、あのくそ親父。
親父は酒癖が悪かった。
酒を飲むと別人になった。
ある日、村の会合で面白くないことがあったのか夜遅くになってべろんべろんに酔っ払って帰ってきた。
こういう時は遠くから叫びながら帰ってくるので「あっ酔っ払ってるな!」というのがすぐわかる。
子供だった捨吉は親父の怒鳴り声が何より嫌だった。
地震、雷、火事、親父というようにこの世で起こる災難のひとつに親父があった。
捨吉にとって酔っ払った親父は生ける災難だった。
こういう時は逃げるか寝たふりをして相手をしてはいけない。
こちらが返事をするとしつこくねちねち絡んでくるのだ。
シズと捨吉が寝たふりをして親父を無視すると親父は庭の犬小屋に行きチロに絡みだした。
捨吉は布団の中で冷や冷やしながら親父のだみ声を聞いていた。
チロが心配だった。

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