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小説 ねこ世界36

ミケは小鍋に牛乳を注ぎコーンスープの素をかき混ぜる。クツクツと火にかけ、木べらでまぜる。スープはだんだんなめらかになめらかになっていく。
「食べられるといいわね」
泣いていた彼女を思い浮かべる。
全身の毛がボソボソになっていたので落ち着いたらお風呂に入ってもらおう。
ミケはスープカップにコーンスープをついでお盆にのせた。
水もあったほうがいいか、と水のコップも盆にのせた。
「じゃ彼女のとこに行ってきます」
ミケは世間話に花を咲かせている所長達に声をかけた。
「お話しできるようなら事情をうかがってきます」
「あ、うん」
所長は口のまわりにココアをつけて適当な返事をした。
ミケはふうーと息を吐くと彼女の部屋まで歩いた。
コンコンとノックしてからドアをあける。
「コーンスープ。どうかなと思って持ってきたわ」
ミケは部屋に入ると座卓の上にお盆を置いた。
布団の彼女の顔をのぞき込むと目をぱっちり開けていた。
「お腹空いてない?食事は今までとれていた?」
「いいえ……」
彼女はスープカップから立ちのぼる湯気をぼんやりと見つめ、
「もう、食事なんて何日も食べてない……」
つぶやくように言った。
「じゃひとくちスープを飲んでみて。スープが飲めたら後で消化にいいお粥を持ってきてあげる」
ミケなコーンスープを勧めた。
彼女はそろそろと布団に身を起こした。
「水もあるわ」
ミケはスプーンを彼女に持たせた。
彼女の手は小刻みに震えていた。
ミケは心が傷んだ。彼女はゆっくりスープを口に運ぶ。彼女は無言でスープを二口、三口と口にした。はあ、と息をつき、
「おいしい…」
とか細い声で言った。
ミケはホッとした。
「食べながらでいい?ちょっとお話きかせてね。あなた、お名前は?」
ミケは訊いた。
彼女ほスープを飲み込んでから、
「あ、アヤメです…」
と答えた。
ミケの頭の中に白い一本線が走った。
アヤメ!
それはスミレをミケの家の前に置き去りにした母ねこの名前だ!
「あなた、アヤメさん」
ミケは身体を乗り出した。
「私、ミケよ」
アヤメは一瞬何のことかわからないという顔をした。
「スミレちゃんのお母さんよね。スミレちゃんはうちにいるわ」
ミケがそう言うとアヤメの顔はみるみるくもった。スプーンを置いて顔を覆う。
「ごめんなさい…ミケさんごめんなさい」
肩をふるわせアヤメは泣き出した。
「いいのよ、いいのよ。辛かったね。苦しかったよね。スミレちゃんは昨日はご飯食べて眠ったわ」
ミケはアヤメの背中を優しく撫で続けた。

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