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ねこの孫6

仔猫のあんはお腹がいっぱいになったせいか眠そうだった。
いわおは和室の畳の上で一緒に昼寝をする事にした。あんは巌の腹の上で丸くなり喉を鳴らしている。
ちっぽけな軽さ、ちっぽけな温かさ。
こんな小さな生き物に触れるのは久しぶりだった。
娘の紀子のりこが小学生の頃、捨て猫を拾ってきた事があった。
ちょうど今の杏と同じくらいの仔猫で、紀子は三毛猫をタマと名付けた。


その頃、妻の響子きょうこの妹の沙絵さえが打ちひしがれた様子で訪ねてきた。
「姉さん」
沙絵は姉の顔をみると泣き崩れた。
ただならぬ様子に巌は席を外した方がよいと思い、響子に目配せして、紀子を連れ家を出た。
駅前のあんみつ屋で紀子にあんずクリームあんみつを食べさせ、自分は磯辺焼きを食べた。小腹を満たしてから、本屋で紀子に少女漫画雑誌を買ってやり、そこいらをぶらついて家に戻った。
そうっと玄関を開けるが、紀子は巌の腕の下をくぐり抜け「お母さーん」と居間へ突入して行った。巌はわたわたと靴を脱ぎ、居間へ顔を出した。
戸惑った顔の紀子振り返ってが巌を見た。
沙絵は泣きはらした顔をしていた。
何かよからぬ事が起こったのだろう。
巌はなるべくなら義妹のそういうことには関わりたくないので、「紀子。お父さんとあっち行こうか」と紀子に言い、妻と義妹に「じゃあ…」と適当な声かけをしてそこに背を向けた。
紀子もついてくる。
「叔母ちゃん泣いてた」
紀子が小声で巌に言った。
「うん…」と巌も小声で返事をする。
そのまま父娘は書斎でコソコソ話をするように小声で会話をした。
「叔母ちゃん、何かあったのかな。いつもはお土産持って来るのに今日は無いみたい」
紀子は言った。
「大人はいろいろあるんだよ」
「お母さん、こわい顔してたよ」
「そうか」
「また林檎チョコレート食べたい」
林檎チョコレートとは前に沙絵が土産に持ってきてくれたものだ。
蜜煮の林檎がビターチョコでくるまれている。あまりにおいしいので家族であっという間に食べてしまった。
「そうだな。あのチョコはおいしかったなぁ。」
確か、旦那の出張土産だと言っていた。
義妹は夫と喧嘩でもしたのだろうか。
そうでもなければ姉の所に泣きには来るまい。
彼女達の両親はすでに亡くなっている。
早くに親を亡くした妻は早く自分の家族を持ちたかったのだと巌に言った事がある。
沙絵もそうだったのだろうか。沙絵夫婦に子供はいなかった。
「タマどこいったかな」
紀子は仔猫のタマの事を思い出したらしい。
「お母さんの所じゃないか」
「タマ連れて来ていい?」
「いいよ」
ダメだと言っても紀子は聞くまい。

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