小説 ねこ世界31
ミケは職場に着くと所長室へ行った。
ノックもなしにドアを開けると、部屋には加齢臭がこもっていた。所長の体臭だ。
さては昨夜はここに泊まったのだな、とミケは思った。
加齢臭の元をたどると所長がソファーでひっくり返っていた。
よく寝ている。
ミケはあああ、もう始業時間だというのに、とイライラした。
「所長!!」
ゴミ箱を蹴っ飛ばしてでかい声をかけた。
所長はビクッとして寝ぼけた目をぱっちり開けた。
しばらく、ここがどこだかわかんないという表情でキョロキョロしたが、ミケを認めると「あ、おはようさん。ミケちゃん」と言った。
「もう始業時間ですよ。また泊まりですか」
ミケは換気のため窓を開けながら言った。
「うん。もう帰るのが面倒臭くてね。どうせ次の日にも来なきゃいけないのに。帰ってもさ…もうここに住んでるようなもんさ」
机の上にカップラーメンの残骸が割り箸をさしたまま置いてある。
「あーそれで夕飯カップラーメンだったんですね」
「そうそう。もう毎日カップラーメンなんだよ」
「所長ホントにわかめラーメン好きですね」
「いや、それほど好きじゃない」
「えっじゃなんで毎日食べてるんですか」
「さあ、なんでだろうねぇ」
ソファーに起き上がり、所長は首をかしげた。それを見てミケは一気に気持ちの張りが抜けた。
所長を見てると力んでいる自分が馬鹿らしくなる。自分はこんなに頑張らなくても良いのじゃないか、という気になる。
ねこなんだから、もっとのんびり構えても生きていけるのではないか。
しかし、今はそれどころではない。緊急の案件があるのだ。
「所長!私、相談があるんですけど!」
ミケはでかい声で言った。
しかし、所長なショボショボと頭をかいてぼんやりしている。
「後にしてくれるかな?私は寝起きは頭が死んでるんだよ。もうちょっとしたら生き返るからさ」
「あーそうですか。わかりました」
ミケはどうしようもないので所長室を後にした。
ドアを閉める直前にああ~という所長の大あくびが聞こえたのでまたムカついた。
朝一番で相談したかったのに!
ミケはぶつぶつ文句を言いながら廊下を歩いた。するとシマちゃんが血相変えて飛んできた。ミケはシマちゃんの慌てぶりにただならぬものを感じ声をかけた。
「どうしたの⁈シマちゃん」
シマはミケを見てとめると、
「ミケさん、行き倒れのねこさんがいるって電話があったんです!」
と言った。
「行き倒れ」
ミケは冷静に言った。
野良ねこ保護センターでは、行き倒れのねこがいた場合、職員はベテランで力のあるオスと、事務手続きに長けているメスねこのコンビで現場に向かう事になっている。
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