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小説 ねこ世界38

ミケが食堂に戻ると所長とおじさんとタマさんはすっかり楽しく話し込んでいた。
ミケはアヤメの苦しみの告白を聴いたばかりだったので笑いながら喋る彼らが遠い人達に見えた。
果てしない寂しさがミケの胸に広がった。
ミケは無言で食堂の入口に立っていた。
やがてタマがミケに気がついて声をかけてきた。
「ミケちゃん、どうしたい?そんなとこ突っ立って」
その声で他のねこもミケを見た。
「何でもないです。みんなすっごく楽しそうだったから、見てました」
「ミケさんも座ってココア飲みなさいよ」
所長が呑気な声で言った。
「あの、それより、行き倒れの彼女、知り合いでした」
ミケは所長に言った。
「えっ、うそ」
所長は驚いた顔をした。
「嘘じゃありません。私が嘘ついてどうするんでするか」
ミケは言って、はあ、と椅子に座るとタマがココアを出してくれた。
ココアはちょうどいいぬるさになっていた。
「ああ、大変だった。彼女」
ミケはココアをぐっと飲んでからアヤメの行き倒れになった経緯を話した。
所長もおじさんもタマも神妙な顔で聴いていた。
「旦那がひどいな」
おじさんが言った。
「あたしの旦那もひどかった。あたしは子ども連れて逃げたけんど、そもそもオスというもんがろくでもねえんだ」
タマが吐き捨てるように言うのでオスねこ二匹は黙ってしまった。
ミケはタマに向かって、
「それでアヤメさんにお昼ごはん作ってあげたいんだけどいいかな、タマさん」
と言った。
「いいさ、いいさ。ついでにみんなの分も作ってくれや。あたしはもう耄碌して台所仕事がつらいんよ」
タマが言った。
「それは、いけませんな。だいぶつらいですか」
所長がタマを見た。
「もうこの仕事やめたいって前から言ってるでねぇか」
タマは所長に言う。
「そうでしたっけ」
「まったくこれだからオスねこはダメだいな!」
タマの所長へダメ出しにみんな笑った。
「でも 、俺はそろそろ帰るよ。家内が昼飯作ってくれてるんでな。ココアごちそうさん」
おじさんは言うとサッサと帰って行った。
「いや、本当にありがとうございました」
所長はヘコヘコおじさんを見送った。
「お昼ごはんはいいんですけど、私達仕事戻らないとセンターはシマちゃんだけなんですよ」
ミケは所長に言った。
「あ、そう。でもさわたしはミケちゃんに強引に現場に連れて行かれたんだよ。本当はセンターにいるはずだったのに」
所長は口をとがらせた。
「だって他にオスねこがいないんだからしょうがないじゃないですか!」
ミケはカッカと言った。

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