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ねこの孫5

「じゃあね。あんおじいちゃんをあんまりいじめないでね」
玄関で紀子のりこ はしゃがんで杏の頭を撫でる。
「ママ、いつ来る?」と杏は紀子に言った。
いつ来る?というのは、いつ迎えに来るの?という意味だ。
「そうね…。一週間くらいかな…」
紀子は暗い顔をして言った。その顔を見ていわおは娘が気の毒になった。
妻から猫が産まれたという現実を受け入れられない夫の洋一よういちを紀子は説得したいのだと言った。だが、紀子の話を聴くに洋一は杏を自分の子だと思えていない。もう、ほっとけと巌は思ったが黙っていた。
洋一にしてみれば自分の子が猫だったのを認めると自我が崩壊するのかもしれない。
人間最終的には自分で自分を守らなくてはならない。たとえ妻と子を犠牲にしても。
巌がそんな事を考えていると、杏との別れを惜しんでいた紀子が巌に視線を移した。
「お父さん、なるべく杏に人間の食べ物あげないで。杏はこんなだけど身体は猫そのものだから。茹でたささみとかまぐろとかなら少しあげてもいい。味の濃いものはあげないで。ミルクは猫用のを飲ませて。遊びたがったら相手して。爪とぎは爪とぎ用の木でやらせて。ほっとくとそこらでバリバリやっちゃっうから爪とぎ木でやるように促して。それから…」
「うん。わかってる。さっき聞いた」
紀子が喋るのを巌は遮った。
「きりがないから。何かあったらスマホにメッセージするから」
「そうね。じゃあね。杏いい子にするのよ」
紀子は思いを振り切るようにドアに手をかけた。
「ママー。バイバイ」
と言う杏を巌は抱っこした。
「気をつけて帰れよ。安全運転でな」
「さよなら」
紀子は帰って行った。
「ママ…」
杏は閉まったドアをじっと見つめていた。
「ママ帰ってさびしいか」
「うん…。でもおじいちゃんがいるから平気」
杏は言った。
巌の表情は自然にほころんだ。
可愛いな。たとえ猫だろうと孫ができたのだ。よく自分の子供より孫が可愛いという話を聞くが、本当かもしれない。ある種の責任がないからだろうか。
紀子を育てる時は気負ったものだった。
妻の響子は気丈に紀子を育ててくれた。
巌は若い頃は今よりかなり短気だったので、何度も幼い紀子にブチ切れそうになったものだった。
その度に響子は巌の手に掌を当てた。
響子の掌はいつも冷たかった。
ひやりとするそれを当てられると巌の煮え立つ苛立ちは不思議とひいていくのだった。

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