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捨吉の秋5

藪がガサガサと揺れて何かがいた。
「キーキキ…キー」
耳障りな鳴き声を出しながらそれは藪を揺らし姿をあらわした。
捨吉は懐中電灯の光を当てながら立ち尽くした。こわい。熊じゃないだろう。熊はキーキー鳴いたりしない。鹿でもない。
だが人間であるはずもない。
全身黒い毛に覆われ、頭の上に猫のような耳を生やし二本足で立つ、
それは見たことのないケダモノだった。
「キー」
黒い奴は捨吉を見るとまた鳴いた。
捨吉は冷や汗をかいた。
動悸がして手足が冷たくなった。右腕に米のザルを抱え、左手に水のペットボトルをぶら下げたまま目眩がしてぶっ倒れそうになった。
「キーキー」
捨吉はそいつが白いものを抱いているのに目がいった。
黒いケダモノが両手で大事そうに抱いているのは白い犬だった。
(えっ?いぬ?あいつ犬持ってるよ)
捨吉は犬に目が釘付けになった。
見覚えのあるような犬だった。
(待て、知ってるぞ。この犬は、チロだ)
「おい、チロ。チロじゃないか」
黒いケダモノに抱かれているチロは濡れ濡れとした黒い瞳で困っちゃったなあという表情だ。
尻尾を股に挟んで縮こまったように抱かれている。
「なんで、お前がチロ抱いてんだよ。チロ、チロ生きていたのか、なんでここにいる?」
捨吉は黒いケダモノに言った。
頭が混乱してきた。
黒いケダモノに対する恐怖とチロに会えた嬉しさとチロが得体の知れないケダモノに抱かれている危惧が一緒くたにやってきた。

「おお〜い。捨!いつまで米といでんだあ」と後ろから山姥のでかい声がした。
捨吉は助かったと山姥に飛びつきたくなった。
「なんか、変なケダモノが出てきたんだよ。そんで、そいつが俺のチロ持ってるんだよ」
捨吉は幼児のように山姥に訴えた。
「なあに、びびってるんだや。あれはクロだ。おれの友達だから心配するない。捨は怖がりだの」
山姥は笑い飛ばした。
「あんなん見たら普通はびびるだろう。黒ヤギが二本足で立ってるのかと思ったど。顔は犬みてぇだし、耳は猫みてぇだし」
捨吉は山姥に言い返した。
「クロも家来い。一緒に飯食うべえ」
「キー」
山姥がケダモノに声をかけるとケダモノは嬉しそうに返事をした。
「捨、クロと仲良くしろ。おれの友達は悪いこたしねぇ」
山姥はそう言うと歩き出した。
ケダモノも山姥について歩き出したので捨吉はケダモノと並んで歩いた。
「クロ。俺は捨吉」
「キーキー」
「それ、その犬チロだよな。」
「キー」
捨吉はクロに抱かれているチロをじっと見た。

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