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小説 ねこ世界28

おじさんねこにお弁当を手渡すと、おじさんはミケに「ありがとう」と言った。
ミケは心の中がぽっと温かくなる。
おばさんねこも「えらいわねぇ」とにっこり笑いかけてきた。
ミケは自分の存在が他ねこに認められているという確かな感覚を持った。
こんな事は初めてだった。
暗闇の世界に小さな光が射し込んだ。
ミケは今までにない感動にうち震えながらチラシを受け取り、お弁当を渡し続けた。
さて、ミケの横でお弁当を配るはずのお兄さんと黒ねこは仕事そっちのけで話しこんでいる。
ミケが一匹で全部のお弁当を配り終えた。
「お弁当、なくなった」
ミケはお兄さんに向かって言った。
お兄さんと黒ねこはハッとミケに振り向いた。
「いけねぇ。おチビちゃんに仕事全部やって貰っちゃったな。すまねぇな」
黒ねこがミケに言った。
「ごめんね。ミケちゃん。うっかりしてたよ。大変だったでしょう」
お兄さんもミケに言った。
黒ねこは「つい、身の上話なんかしちまってな。ここんとこ、誰とも会話なんかしてなかったからなあ。つい長々と喋っちまったのよ」と頭を掻いた。
「じゃあ、皆でお弁当食べましょう。もうお祭りも終わりかけですから、お腹ペコペコなんじゃないですか」
お兄さんが言った。
そういえば本当にお腹がペコペコだった。
「僕は屋台から綿あめと焼きそば貰ってきますから、先にお弁当食べててください」
お兄さんはそういうとすっ飛んで行った。
「じゃあ、座るか」
黒ねこは畳んであったパイプ椅子をミケの分も引っ張り出してくれた。
長テーブルに幕の内弁当を広げてミケと黒ねこはひと息ついた。
「お腹減ったなあ」
ゴソゴソとお弁当のフタを開けながら黒ねこげ言った。ミケもお弁当のフタを開けた。
ごま塩を散らしたご飯の真ん中に梅干し。
おかずは焼き鮭とかまぼこと卵焼きに柴漬けだった。
「わあ〜おいしそう!」
ミケの目は輝いた。
ここのところ、ろくな物を食べていなかった。雑草とか、賞味期限の切れたボッソボソの乾パンとか、川の水とか…。
ちゃんとした食べ物なんて、しばらくぶりに食べる。
「おおお〜。まともな飯だあ。俺は生きててよかったなあ」
黒ねこは大げさなことを言ったが、まさにそれだ、とミケは思った。
生きるのは苦しく、誠につらい。
だが、たまには生きててよかったと思わなければ生きてゆけない。
ねこ世界のことわりなのだ。
ミケはここで黒ねこと出会えてよかったと思う。一緒にお弁当配りをしたのが楽しかったから。
ねことの縁は一期一会だとしても。
一瞬一瞬を生きるのがねこの宿命なのだから。

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