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小説 ねこ世界37

「ごめんなさい…あたし本当に母親失格ですよね…ミケさん本当にごめんなさい…」
アヤメはさめざめと泣いた。
ミケはアヤメの背中を擦りながら5年前のアヤメを思い浮かべていた。
ミケが出産して一月後、こねこを養子に欲しいという若夫婦と 会った。
その一組目がアヤメ夫婦だった。
アヤメは流行りのラメ入りメイクをして小綺麗にしていた。旦那の方もこねこを見るとニコニコしてこねこ好きそうだった。
アヤメ夫婦はメスの子を抱いて微笑んでいた。その子がスミレだ。
ミケは自分で生んだ子を養子に出すと決めたのに、いざ我が子がアヤメ夫婦に抱かれているのを見ると胸が傷んだ。
そして手元に残すウリを思いっきり可愛いがろうと心に決めた。だが、やっぱり切なかった。あれからアヤメにもずいぶん大変な事がたくさんあったのだろう。
「あたし…一年前に夫と別れて。夫は浮気してて、相手にこねこが出来たんです。夫はやっぱり自分と血のつながってるこねこの方がいいからなんて!あたしに慰謝料もくれなくて。本当に自分勝手で、出ていったんです」
アヤメは泣きながら一気に喋った。
ミケは、うん、うんそうだったの。と相槌をうった。
「それからあたし情緒不安定になっちゃって。ミスばっかりして仕事もクビになっちゃたんです。家賃も払えなくなって。それで野良ねこになってしまったんです。あたしひとりじゃスミレを育てられない、かわいそうで。だからミケさんのところに預けようって…でもどうしてもミケさん達に顔を合わせられなくて、スミレを家の前に置き去りに…。スミレはママ、ママってついてこようとするのを振り切って逃げました。あたし、…どうしたらいいか 、わからなくて」
アヤメは泣きながら喋った。
ミケは、うんうん、とアヤメの背を撫でた。
「大変だったね。スミレちゃんを守りながら私のうちまでやってきたのね」
「はい…」
「ゆっくり寝て、食べて、落ち着いたらこれからの事、一緒に考えようね」
ミケはアヤメに言った。
「ミケさん、ごめんなさい。ごめんなさい」
アヤメは両手で顔を覆って泣き続ける。
「謝らないで。あなたは悪くない。あなたのそばに手を差しのべるねこがいなかったのよ。よく私のところに来てくれたわ。辛かったよね。東北のお家から、北関東のここまで遠かったよね」
「はい…」
「まずは身体も治そうね。ご飯もろくに食べられなかったでしょう」
「はい。スミレにだけは食べさせなきゃと思って、公園の炊き出しに並んだりしました…。そこで貰った乾パンも全部スミレに食べさせて、あたしはほとんど食べなくてフラフラになりました…」
「大変だったね。食べられそうなら、お昼ご飯食べようか。何か消化のいいもの準備するわ」
ミケは言った。
食欲があるならあったかいものをもっとアヤメに食べさせてあげたいと思った。



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