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ねこの孫9

昼寝しそびれたいわおが天井を見つめているとピンポーンと玄関チャイムが鳴った。
(む、誰だろう。押し売りか宗教の勧誘か)
そういう手合いだと相手するのが死ぬほど面倒臭いので居留守を使うか、と巌は息を殺して思った。
起きると腹の上のあんを起こしてしまうかもしれない。せっかくぐっすり寝ている仔猫を起こすのは忍びない。
巌がそう考えているのとまたピンポンピンポンが立て続けに鳴る。しつこい。根比べだな。と巌が心を無にしていると、「いわおさーん。いるんでしょうー」と聞き覚えのある女の声がする。
行きつけの飲み屋の女将だった。
巌は顔見知りでも、やっぱり面倒臭いなあ、と思ったが居るのはバレてるらしいので出てみることにした。
腹の上の杏をそっと持ち上げ畳の上に移動させた。杏はぷすーと寝息をもらしてまだ寝ている。巌はホッとしてなるべく足音を立てないよう和室を出た。
「悪いね。昼寝してたんだよ」
巌がしれっとして玄関を開けると女将は申し訳なさそうな表情を作った。
「ごめんなさい。お昼寝の邪魔しちゃったのね。巌さん最近顔見せてくれないから、どうしてるかなぁって思って」
女将の正確な歳はわからないが、おそらく50代半ばといったところか。
巌は何とも思っていないが、これまで何度か巌の家へ惣菜を持って来たことがある。
ぶっちゃけ仕事中に来られると集中力が削がれ迷惑なのだが、女将が持って来る肉じゃがだの混ぜご飯などはとても美味いので邪険にするわけにもいかない。
「ああ、悪いねぇ。こんなじじぃを気にかけてもらって」
「いやね。今日は近くに来るついでに切り干し大根の煮物と筑前煮持って来ましたのよ」
「ああ、これはいつも悪いですな」
などと玄関先で話していると、後ろから、
「おじいちゃーん」
と杏の声がした。
巌はしまった杏が起きたか、とヒヤッとした。続いて「おじいちゃーん、どこー」と声がした。
女将が「あら」と家の中をのぞき込もうとする。巌は慌てて女将に言った。
「いやいやいや、ちょっとねっ」と声を張り上げたが、足元に杏が駆けてきてしまった。
「おじいちゃーん、あっ」
杏は女将を見ると目をまん丸く見開いて固まってしまった。
「あら、可愛い」
女将は杏を見て言った。
「巌さん猫飼いはじめたの?真っ白で可愛いわね」
「いやいや、娘の猫なんだけど今、ちょっと預かっててね」
と杏を見ると女将に目を当てたまま、毛を逆立てていた。
「ちょっと人見知りするんですよ。今聞こえました?」
「なんですの?」
「いや、おじいちゃーんて聞こえました?」
と巌は訊いた。女将は不思議そうな顔をして、
「え?にゃーん、にゃーんとは聞こえましたけど。あらいやーね。猫が人間みたいに喋ってるって言う飼い主さん見ますけどね。ああいうのみんな親バカな飼い主の戯言よ。巌さんもそういう口なんですの?」と言った。
「えっ、いや。にゃーんと聞こえたなら問題ないですな。わたしは最近、耳がおかしくてね。聞き間違いをよくするんですなあ」
巌はそう言った。
「まあ、猫とばかりお話してないで私の相手もしに来て下さいな」
と女将は笑った。

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